【無料で読める!小説】ゆずほの居場所-「井の中の蛙達」第6章「図書室」

f:id:nenta-moyori:20200725062303j:plain

 ※第6章「図書室」はおよそ14分で読めます 

 最寄りの本棚へようこそ♪\(^o^)/

 毎週1章ずつ、小説を書いています。これが一作品目です。なのでかなり読みづらいと思います。ですが、毎週僅(わず)かですが、自身の成長を感じています。ですから少しずつ、読みやすく面白くなっていくと思います。お時間が少しでも許すようでしたら、よければ読んでやってください。m(_ _)m

 

目次

 

第1章

hibijuuzitu-syotenn.hatenablog.com

 

第2章

hibijuuzitu-syotenn.hatenablog.com

 

第3章

hibijuuzitu-syotenn.hatenablog.com

 

第4章

hibijuuzitu-syotenn.hatenablog.com

 

第5章

hibijuuzitu-syotenn.hatenablog.com

 

井の中の蛙達」第6章「図書室」のあらすじ

 学校にも家に対しても、少なからず「居辛さ」を抱える高2のゆずほ。そんな彼女も図書室でだけはほっと、落ち着くことができる。しかし、その帰り道に...。

 

井の中の蛙達」第6章「図書室」

・1・

 

 目覚めると部屋はすでに、カーテンが開けられ明るくなっていた。

 植西さんが帰った後、また喧嘩をするようなことはなかったみたいだ。ほっとする。

 起き上がろうとすると、お腹に痛みが走った。ああ、昨日パパに蹴られたからか。親の喧嘩は何度も経験しているけど、やっぱり今でもそういうときの2人は怖いな。

 意識がはっきりしてくると、今、多分、まずいことになっていることに気がついた。

 家は物音一つしないほどに静まり返っている。するのは自分が発する音だけ。ママが料理したり洗い物したりする、いつもの音が聞こえない。

 ベットを見ると、昨夜ここで寝ていたはずの瞬の姿がない。自分の部屋に戻ったのかな、それとも...。

 痛むお腹を抱えながらも、恐る恐る置き時計を見る。時刻は8時57分。はい。遅刻だ。まずい。

「なんで誰も起こしてくれなかったのーー!!」

 いや、違う。私が起きなかったんだ。「お姉ちゃん、もう僕行くからね。」という瞬の声も、「昨日はごめんね。あと、ついでにごめんなんだけど、今日お弁当作れなかった。お金置いておいたから、売店でなにか買ってね。」というママの声も、耳に薄っすらと残っている。それに、「うーん。」などと寝ぼけながら返事をした記憶もぼんやりとある。

 やらかした。やってしまった。

 でも、もうなんか、どうでもいいや。お腹は痛いし、昨日はあんなことがあったから疲れたし、学校に行ってもまた東條達になにかされるんだろうし。

 寝転がって天井をボーッと見ながら思う。ああ、このまま何もせずにこうしていたいな。

 

 しばらくはそのまま、だらだらした。けど、それにも飽きてしまったので、渋々(しぶしぶ)自室を出る。

 廊下には、ワインに濡れた足で歩いたのだろう、足型の汚れがある。それは乾いてベトベトになっていた。気づけば、私のパジャマもところどころ酒臭い。

 来客用のスリッパを履いて、リビングの扉を開ける。私は、いつもの光景を無意識に想像していたので、目の前に広がる昨夜そのままの荒れ果てたリビングを見て、落胆した。

 

 パパが勤めている会社は遠くにあるので、毎日ここに帰ってくるのはかなりの負担になる。だから、パパは月に2日しか家に帰ってこない。

 昨日はその2日の最終日だった。後味が悪い。パパに会うのはまた1ヶ月後だ。

 ママはいつも、私や瞬よりも早く出るので、もう会社に行ったはず。

 瞬はいつも通り、小学校。

 朝の家に私1人しかいないなんて、夏休みとか、開校記念日みたいだ。そういう休みの日と違って、楽しくはないけど。

 

 手始めに新聞紙で割れたグラスや瓶(びん)を包む。でも、うっかりして右手の小指を少し切ってしまった。刃物で切ってしまったとき特有の痛みだ。嫌な感じ。でも、これによって眠気が一気に覚めた。さあ、さっさと片付けることにしますか。

 大きな硝子(がらす)の破片(はへん)が片付いたら、次は掃除機で細かな破片を吸い取る。床はワインでベトベトだから、先に雑巾で拭こうか迷ったけど、また手を切るのは嫌なのでそうした。後で掃除機を拭けばいい。

 ジャリジャリジャリ、といいながらガラス片を吸い取る。音が鳴ってあからさまに吸い取れてる感があるから、意外と爽快で楽しい。

 それが終われば、雑巾でワインを拭き取る。お酒の匂いは好きじゃない。ワインも含めてビールも日本酒も。嫌でも親の喧嘩の光景を思い出してしまう。だから、二十歳(はたち)になっても私は飲まないと思う。まあ、実際どうなるかはわからないけど。

 

 2時間ほどかけて掃除できるところは全てやり、ママと瞬が帰ってくる前に片付けることができたことに少し満足。喧嘩後のあの独特の嫌な感じを見せたくなかったから、よかった。でも、割れてしまったテレビ画面は私には直しようがないので、全て元通りとはいかない。これは、仕方ない。

 椅子に座り、今片付けたばかりのリビングを見回しながら考える。さあ、次はどうしようか。できれば、もう一休みしたいところだけど、そうもいかない。学校は風邪といって休むこともできるけど、成績に響く。進路に響く。それに、1回休んでしまったら、その先も続きそうで怖い。

 

 

・2・

 

 靴箱に靴を入れたところで鐘が鳴った。昼休み開始の合図だ。廊下から1年生の賑わいが一気に聞こえてくる。

 遅刻は高校に入ってからは、今回で3回目。一年生のときに2度寝坊してしまったことがあったから。

 重い気分を押し殺して、生徒で賑(にぎ)わう控(ひか)えめなお祭りのような廊下を進む。まず目指すのは2階にある職員室。

 

 失礼します、と言いながら職員室のドアを開けると、真っ先に沢口(さわぐち)先生に声をかけられた。性別は男。年齢は30いくつだったと思う。うちのクラスの担任だ。実は私はこの先生を、あまり好きではない。

 「ああ、小林!」

と言った先生の机まで小走りで向かう。ちょうどお弁当を食べていたところだったみたいで、机にはコンビニで買ったようなお弁当が置かれている。

 口の中にあるものを飲み込んでから先生が言う。「心配したよお~。家に電話掛けても誰も出ないからさあ~。」

 電話?私が家を出てから掛けてきたのかな。いや、多分、そうじゃない。昨夜警察に電話しようとしたときも繋がらなかった。多分、喧嘩の衝撃で電源プラグだけじゃなく、電話線も抜けていたんだ。パニックになっていて、昨日は気づけなかったけど。

 でも面倒くさいから、そこには触れずに、「すみません。」と一言。

「で、今日はどうしたの?小林が遅刻だなんて珍しいなあ。」

 この質問は想定済みだったので、学校に来る途中にどう答えようか考えた。まさか事実をそのまま言うわけにもいかない。昨晩両親が喧嘩をしまして、とか、東條さん達がいるので学校に行く気がしなかったんです、とか言ってしまえば、無駄に根掘り葉掘り聞かれ、事を大きくされた挙げ句、どうせ解決しないだろう。

 だからこう言う。「ちょっと頭が痛くて。」普段遅刻しない私なら、こんなお決まりのセリフでも、信じてもらえるかどうかは別として、受け入れてくれるはずだ。それに、痛いことは嘘じゃない。ただし、頭じゃなくてお腹だけど。

「そうかあ。今は大丈夫なのか?」

 案の定、受け入れてくれた。

「まだ少し痛みますけど、大丈夫です。」

「一応、保健室行っとくか?」

「いえ、自然に治ると思うので。」

「でも、行っといた方がいいんじゃないか?」

「大丈夫です。ご心配ありがとうございます。」

 

 失礼しました、とドアを開けて賑やかな廊下に戻る。

 はあ。ちょっと危なかった。保健室に行けば、親に連絡が行ったりして面倒なことになりそうだから。

 

 できるだけ教室にはいたくない。東條達がいるから。今日はお弁当は持ってきていないけど、何をされるかわからない。

 まだ昼休みは始まったばかり。荷物を背負ったまま、職員室と同じく2階にある教室には向かわずに、3階への階段を上がる。

 ママが置いていってくれたお金はちゃんと持ってきたから、来る途中に1階の売店によってもよかった。でも、今日はそもそも食欲がない。

 上り終わり、少し歩いてドアを開ける。ここは他の場所とは違って、とても静か。昨日の夜からずっと張っていた緊張の糸が少し緩んで、ふう、と吐息が出た。ここだけは私の居場所であり続けてくれる気がする。この図書室だけは。

 人気はいつもの通り少ない。それは、本を読みたいという人が少ないから。でも、昔の名残で室内はとても広い。だからいつもドアを開けると、異空間に来たような気分に少しだけなる。

 

 小説がある方に向かいながら、遠目にカウンターを見ると委員長が立っていた。椅子には座らずに図書委員会のファイルをペラペラと見ている。その顔を見るだけで、私はなぜかホッとする。委員長って、なんか、安心感があるよなあ。

 図書委員では、昼休みの図書室当番の人がしっかりと昼食を取れるように、前半と後半に分けて交代制にしている。当番はみんなだいたい、週に2回ペースで回ってくる。でも、委員長は週に4回入ってる。そこは委員長らしい。もう、図書室と言えば委員長っていう雰囲気が校内にはある。図書室の主(ぬし)って感じ。そういう意味では有名人だ。

 今日の前半の当番は委員長と5組の西川さん、それから1年の斑目(まだらめ)くんと尾花(おばな)さんだ。

 少ないとはいえ、本を借りに来る人はいる。そのときは1年の2人が対応しているみたいだ。本の裏に張ってあるバーコードを読み取るときの、ピッ、という音が室内に優しく流れる。五月蝿くはない。むしろ心地いい。入会から1ヶ月とちょっとになる2人の手付きはお見事。もう初めの頃の慌(あわ)てた様子はない。

 私は本棚には行かずに、近くにある長テーブルに向かう。今読んでいる作品がまだ途中だから、新たに借りる必要はないのだ。

 この前、ケチャップをリュックの中に入れられたときは、教科書類と同じ様にここで借りた本も汚れてしまったかもしれないと焦ったけど、それは大丈夫だった。私はいつも、教科書やノートとは別の、小さめのポケットに本を入れている。そこにまでは流石(さすが)に犯人も入れなかったみたいで、不幸中の幸いだった。

 それにしても、あれをやったのは誰だったんだろう。あの感じからすると前鼻くんではなかったみたい。だから、確証はないけど私は密かに、東條達じゃないかと疑っている。

 長テーブルにはすでに先客が数人いた。その内の1人が図書委員会1年の宇崎(うざき)くんだったので、「こんにちは。」と図書室に相応(ふさわ)しく控(ひか)えめな挨拶をする。

 宇崎くんは熱心に読んでいた本から顔を上げて、私を見た。そして、にんまりと微笑む。

 「ああ、小林先輩。こんにちは。」そのあと少し不思議そうな顔になる。

「小林先輩、今日はどうされたんですか?」

 私がリュックを背負っていることが解せないんだと悟(さと)る。

「んーと、ちょっといろいろとあってね。」

 沢口先生には頭が痛くてと言ったけど、宇崎くんはしつこく聞いてくるタイプじゃないので、濁したけど嘘は言わない。

「大丈夫なんですか?」

「うん。大丈夫だよ。ありがとね。」

 宇崎くんはまたにんまりと微笑んで、読んでいた本に顔を戻した。

 私はワサワサと微かに音を立てながら、荷物を床に置いて椅子に座る。そして、一息つく。なんか、ほんといろいろあって疲れたなあ。天井を見上ると自然に吐息が出た。

 目線を少し下げて空間を見つめながら考える。今日と同じ様に、明日からは学校で昼食を取るのはやめよう。この学校は屋上に入ることはできないし、この図書室は飲食禁止。となると、食べられる場所といったら教室ぐらいしかない。だったら食べない方がいい。腹が立つけど、仕方ない。

 でも、ママにはなんて言おうかな。急に、お弁当作らなくていいよ、なんて言ったら、きっと驚(おどろ)かれると思う。いや、ダイエットって言えば大丈夫かな。それとも、学校が終わった後に家で食べることもできるのか。ママは私より早く家を出るし、帰ってくるのは私より遅いから、これなら誰にも心配をかけなくて済む。よし、そうしよう。

 昼食を取らないことに決めたなら、昼休みは始めから終わりまで、こうやって図書室に来れば、教室にいなくて済む。イジメる対象がいなければ、イジメることはできない。これで少なくとも、昼休みのイジメはなくなる。よし、よし。

 さて、「明るい夜に出かけて」の続きを読むとしますか。物語はちょうど場面が切り替わったところ。トミヤマがカヅキくんに髪をカットしてもらったところ。この小説は語り口調に少しクセがあって最初は苦手だったけど、読み進めて慣れてくると、むしろ面白い。

 5分ほど読んだところで、カウンターの方から話し声が聞こえてきた。控(ひか)えめに話しているから五月蝿(うるさ)くはないけど、少し気になる。

 声の方を見るとカウンターの隅で女の子が立っている。多分1年生。うん、そうだ、上靴のラインが赤いから一年生だ。ちなみに、2年生は青で、3年生は緑だ。

 彼女は誰と話しているのか。それは委員長だ。なぜ委員長と委員会以外の女子が話しているのか。それは委員長がモテるからだ。そう、委員長はモテる。ただし、1年生にだけは。

 委員長は学校内では、図書室の主、として名が知れ渡っているけど、入学したての1年生はもちろんそんなことは知らない。新1年生が初めて委員長を見るのは、4月に体育館で行われる学校紹介だ。委員長は図書委員会の代表として、一年生全員の前で活動内容をプレゼンする。そこで一年生の女子はこう思うわけ。「カッコイイ。」と。何しろ、委員長はいわゆる、イケメンだから。そういうわけで4から6月くらいまでの図書室は、委員長目当ての女子で割と賑わう。でも、なぜその賑わいは4から6月に限るのか。委員長に彼女ができるからか、それとも委員長にはすでに彼女がいて、そのことに女子達が気づくからだろうか。

 残念ながらどちらへの答えも、NO。正解は、2年生と3年生では周知の事実なんだけど、委員長が独特すぎるから。特に話し方が独特。委員長はなぜか50代の大学教授とか、政治家みたいに喋る。女子達は最初こそ、頑張ってはいるけど、そのうち疲れてくるみたい。委員長の方は積極的に話そうとするんだけど、だんだんと女の子の笑顔が引きつってくる。2、3日もすればその女子達は図書室に現れることはなくなる。多分、カッコイイし、いい人なんだけど、恋愛対象ではないと思うのかな。委員長には可哀想だけど。

 今は6月の上旬。ようやく元の静けさが戻ったかと思ったけど、まだだったみたい。まだ1人いた。多分、彼女で最後。でも、その最後が委員長の最愛になってくれればいいな、と思う。今度こそは、委員長を恋愛対象として受け入れてくれる人だといいな。

 

 昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。

 図書委員は途中で後半の当番と入れ替わった。でも、委員長だけは残って、あの女の子と話していた。それを見た後半組は「ああ、またですか。」というふうに苦笑いしてから、そそくさと各々の仕事に取り掛かった。私は、あの子とはもしかしたら上手くいくかもしれないと思う。というか、いってほしい。委員長にもそろそろ、幸(さち)あれ。

 私は図書室を出た。荷物を背負っているから、金曜日の放課後を思い出す。この感じは好き。みんなとまったりと過ごした後の心地よさと、一週間を終えた達成感があって。まあ一週間と言っても、5日なんだけどね。

 教室に向かうべく階段を下りながら、ああ教室か、と思う。図書室は3階で、私のクラスは2階。最近はなぜか、上るときよりも下りるときのほうが、足が重い。

 そのとき、3階から聞き覚えのある嫌な声が聞こえてきた。

「ヤベえ!マジで忘れてたわ!」

「いや、ほんとそれな!」

 それと共にけたたましい足音が近づいて来る。

 私は今、階段の途中。きっと東條達も、もうすぐここを通るはず。教室では、仕方ないと我慢しているけど、できればアイツラには会いたくない。でも、ここから走って逃げるのも変だしな。普通に歩きながらも、せめて端に避難しよう。そして、そんな私をさっさと通り過ぎてくれることを願おう。

 彼女等の声を除けば、上や下からはわずかに賑わいが響いている。けど、階段には他の生徒はいない。

 背後から聞こえる足音は、今まさに階段に差し掛かった。さあ、速やかに通り過ぎたまえ。心をかき乱す嫌な感じを覆(おお)い隠すように、少しふざけてそう呟く。

 しかし。

 「おい!邪魔だよ!」

 ドサッ。

 一瞬、背中に重みを感じる。全身が前のめりになる。全体重を支える足が、浮く。

 この感じ、あのときと似ている。世界がスローモーションになって、脳だけが高速で動いている。それなのに、もう目の前まで、床が迫っている。

 

7章へつづく...

f:id:nenta-moyori:20200725062240j:plain

f:id:nenta-moyori:20200725062229j:plain

f:id:nenta-moyori:20200725062251j:plain

 

続きはこちら↓(2020.8.11更新)

hibijuuzitu-syotenn.hatenablog.com