【無料小説】ケチャップに汚された私の高校時代-「井の中の蛙達」4章「ゆずほ」

 最寄りの本棚へようこそ♪\(^o^)/

 毎週1章ずつ、小説を書いています。これが一作品目です。なのでかなり読みづらいと思います。ですが、毎週僅(わず)かですが、自身の成長を感じています。ですから少しずつ、読みやすく面白くなっていくと思います。お時間が少しでも許すようでしたら、よければ読んでやってください。m(_ _)m

 

第1章

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第2章

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第3章

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井の中の蛙達」第4章のあらすじ

 すでにクラス内で数人の女子から、若干のイジメにあっていたゆずほ。それにも増して、彼女の立場はどんどんと脅かされていく。

 ゆずほの辛い高校時代、そして今は写真となったゆずほと小林の間には何があるのか?小林から発せられる数々の言葉に、田中は真剣に耳を傾ける。

 

井の中の蛙達」第4章「」

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・1・ 

 冷えたコップが纏(まと)う雫(しずく)が、側面を伝って落ちる。それが木箱にじんわりと染みて、焦げ茶色の円を作っている。

 外からはあまり聞いたことのない鳴き声が聞こえてくる。蝉(せみ)かな。でも、蛙(かえる)のようにも聞こえる。

 冷房が効いた小林の部屋。先程から、小林のお姉ちゃんの写真をチラチラと見ずにはいられない。

 「僕らのクラスで起きていることを、お姉ちゃんに話したんだ。」という小林の発言。これが胸にずっと引っかかっている。

 なぜなら、小林のお姉ちゃんは今、写真だから。写真立ての中に飾られる写真。詳しく言えば、遺影(いえい)。つまり、もう亡くなっている。

 小林はそのお姉ちゃんに話したらしい。そして、お姉ちゃんは「田中くんの力になってあげな」と言ったらしい。小林の頭がおかしいのか、それとも現実なのか。どちらにしても、恐れを感じずにはいられない。

 恐怖で、身体にはずっと寒気が走っている。緊張によってすぐに乾いてしまう口の中に、冷えた麦茶を流し込む。でも、これによって身体は更に寒くなる。おかしいな。今は真夏のはずなのだけれど。

 今まで話し続けていた小林が、一呼吸おいたので、俺は唇を震わせながらゆっくりと呟く。

 「なんか、俺と似てるね。」

「そう、確かにそうなんだよ。」小林は付け足す。「濡れ衣を着せられるところがね。」

 「うん。あ、ごめん、続けて。」

「うん。」

 

ー ー ー

 一日の終りを告げる鐘がなった。10分ほどのホームルームを経(へ)て、ゆずほは3階の図書室への階段を上っている。用はすぐに済むはずだから、荷物は教室近くの廊下に置いてきた。教室内に置いていけないのは、掃除当番の邪魔(じゃま)になるからである。

 今日は特に荷物が多い日で、それを持って階段を上り下りするのは結構な体力を使う。だから、できるだけ最小限で済ませたいのだ。

 身軽に2段飛ばしで、階段を登る。

 

 案の定、用は5分程で済んだ。図書室を出て、今度は一段づつ下りる。

 教室には入らずに、廊下の壁に立て掛けておいた荷物を背負う。教室からは、数人の男女が放課後を満喫する声が、ドア越しのこちらにまで響いている。

 それにしても、荷物は重そうだ。半袖のワイシャツから覗(のぞ)く華奢(きゃしゃ)な腕が心許(こころもと)ない。初夏の暑さも相まって、とても大変そうだ。

 

 家のドアを開けて、真っ先に重荷を下ろす。家の中は冷房が効いている。身体を覆(おお)う汗の膜(まく)が冷やされて涼(すず)しい。ゆずほはしばらく玄関に仰向けに寝そべっていた。

 

 シャワーを浴びて自室に戻る。汗を落とすだけでもかなり楽になったようだ。

 明日に備えて荷物の整理をすべく、ゆずほはリュックサックのチャックを開ける。

 そのとき、その中から異様な臭いがもわっと立ち上った。猛暑のせいでリュックサックの中は煮え返るほど熱い。その熱気に持ち上げられて、嫌な臭いが鼻に着く。ゆずほは驚いて、座ったまま後ずさりした。そしてゆっくりと戻り、中を覗く。

 いつもは、教科書類の白を中心に、黒や赤、青や黄色などもチラホラと見える光景が、今日は殆(ほとん)ど一面、赤茶色だった。ゆずほはしばらく呆然としていたが、やがて、恐る恐る手を入れる。そして、一冊の教科書をつまむようにして持ち上げる。

 その教科書は見覚えのある、赤い汚れに覆われていた。その汚れとは、ケチャップだった。悲惨(ひさん)なことに、犠牲(ぎせい)になった書物はそれだけではない。何しろ、リュックサックの中を覗けば、ほぼ一面が赤茶色に染まっているのだ。

 ゆずほの脳内で、様々な検証がなされる。なぜ私のカバンにケチャップが塗りたくられているのか。その答えは早くも弾き出された。前鼻だ。

  これは前鼻からの仕返しに違いない。そう言えば、さっきの教室からは前鼻の声も聞こえたような気がする。まずいことになった。

 とはいえ、これは酷(ひど)すぎやしないだろうか。確かに、ゆずほは前鼻の白いリュックサックを汚してしまった。外部要因によって付いてしまったケチャプを拭き取ろうとしたものの、不可抗力によって更(さら)に汚してしまった。あれは言うなれば事故だ。

 彼等の行為は度を越しているし、怒りの矛先(ほこさき)が違う気もする。そもそも、前鼻のリュックサックにケチャップが付いたのは、数人の女子に机ごと押し飛ばされたからだ。ゆずほが犯した罪と言えば、その汚れを誤って悪化させてしまったこと。だから、怒りをぶつけるのであれば、まずはあの喧しい女共にするべきなのだ。

 であるにも関わらず、そうならないのにはきっとこのような理由があるに違いない。

 それは恐らく、前鼻とその周りを取り囲む奴らは、出来事の最後しか見ていないのだ。つまり、ゆずほが何故机ごと転ぶ羽目になったのかを知らない。彼等から見れば、独りでに転倒したゆずほが、独りでに前鼻のリュックサックを汚したように見えたのだろう。それで、前鼻は「マジ、フザケンナ。」と言い放ち、ゆずほの机を蹴り飛ばしたわけだ。

 これは私の想像に過ぎないが、ほぼ間違いなく事実だろう。しかし、だどしてもだ。だとしても、これは酷すぎる。正直に言わせてもらうが、人としての器が小さ過ぎはしないだろうか。あのリュックサックを大切にしていたのはわかる。しかし、それにしても酷すぎる。

 

 彼はあの出来事の後、ゆずほには何も言わなかった。あれが起きたときは昼休みで、残りは5校時と6校時のみだった。ゆずほは授業と授業の合間を縫(ぬ)って謝りに行こうとしたが、彼はすぐに教室から姿を消してまう。放課後もそうだったので、その日は結局、前鼻に謝罪することはできなかった。

 ゆずほは次の朝、謝罪した。そしてそのとき、昨日から薄々感じてはいたが、前鼻に誤解されていることを知った。

 「ごめんなさい。」というと。前鼻は優しく微笑み、「いいよ。」と言ってくれたが、それ以外は何も言わない。「あれはそもそも、あいつらが小林さんを突き飛ばしたことでああなったわけだから、小林さんは気にしなくていいよ。」などとは言わない。

 つまり、ケチャップを付けたのも、それを悪化させたのも、その犯人はゆずほだと、少なくとも前鼻は思っているのだ。だが、私は知っている。1つは有罪だが、1つは冤罪(えんざい)だ。 

 しかし、ゆずほは弁解しようとはしない。前鼻くんは許してくれているわけで、それをわざわざ蒸し返すようなことはしたくない、と思ったからだ。

 とにかくゆずほは、昨日聞いた前鼻の怒号(どごう)を思い出し涙目になりながら、許してもらえたことに胸をなでおろしたのだった。

 

 しかし、それでもゆずほのリュックサックにはケチャップがぶちまけられた。あの優しい微笑(ほほえ)みと「いいよ。」は嘘だったのか。

 

 ゆずほは今、ティッシュペーパーでそのドロっとした汚れを拭き取っている。無言で手を動かし続ける彼女の目には、薄(う)っすらと涙が溜まっている。そして、それを零(こぼ)すまいと、必死に顔を顰(しか)めている。しかし、ティッシュペーパーの箱が空になったとき、瞳から1筋の水滴が垂れた。そしてそのまま、俯(うつむ)いてしまった。

 

 翌朝、まだ赤みが残る教科書類を机の中にしまっていると、隣の席の前鼻が自席に座った。時刻は8時12分。前鼻の登校にしては、少し早いのではないか。

 2日前のあの日以降、デザインは違うが、前と同じ様に真っ白なカバンで前鼻は登校している。

 もくもくと作業をすすめるゆずほに向かって、その前鼻が言葉を発した。それを聞いたゆずほは驚きのあまり目を見開いた。

 「小林さん、その教科書どうしたの?なんか、赤くない?」

 永遠とも思える沈黙が流れた。しかし、ゆずほはかろうじて声を絞り出す。

 「え?」

「いや、だからさ、その教科書、なんでそんなに汚れてるの?」

 どういうことだ。あれをやったのは前鼻ではなかったのか?前鼻の表情から、嘘(うそ)は微塵(みじん)も感じない。これは一体どういうことなのか。

 「あの、前鼻くん。その、この前は、大切なカバンを汚しちゃって、本当にごめんね。」ゆずほは慎重(しんちょう)に言葉を紡(つむ)ぎながら続ける。「前も言った通り、弁償はちゃんとするから。本当にごめんね。」

「いや、だから、もういいって。弁償もいいから。」と少しはっちゃけた様子の前鼻が言う。

 それでも、ゆずほは謝り足りないと思った。だから再度、謝罪する・

 「あの、本当に、許してもらえないかもしれないけど、本当にごめんなさい。」

 深刻な表情でそう言うゆずほを見て、私は彼女が可哀想(かわいそう)で仕方がなかった。

 「いやいや、だから、本当に大丈夫だって言ってるじゃん?そんなに落ち込まないでよ、小林さん。」

 ゆずほは前鼻の言葉を信じてよいのか、わからなかった。少しだけ、会話に間が空く。

 そのとき、「ありがとう。」とゆずほが言う前に、誰かが横から声を発した。

 「前鼻くん、優しい!」

その声の主は、あのときゆずほを突き飛ばした女子数人、正確には3人の内の1人だった。その女の名前は東條(とうじょう)という。いかにも男子ウケしそうな容姿の持ち主だ。

 

 ゆずほもそのことは知っていた。突き飛ばされたとき、白いリュックに目掛けて飛んでいくチキンナゲットに目が釘付けで、犯人の顔を確認することはできなかった。しかし、顔を見ずとも声でわかる。雰囲気でわかる。何せ、彼女等3人はクラス内で特に五月蝿(うるさ)い女子だからである。真横を彼女等の声が通り過ぎるのと同時に突き飛ばされたのだから、犯人は確定だ。しかもその声達は、<ちゅい、押すなって!まじでぶつかるじゃん!><いや、ぶつかってもよくね?><いや、マジそれはヤベエーって。><うぅいぃー!>と言っていたのだから、確定も確定なのだ。

 

 その東條の言葉を聞き、前鼻は「いやいや、優しいとかじゃないから。」とニヤける。

 「前鼻は優しいからな~。」と、前鼻といつも一緒にいる森田も、近寄ってくる。

 そして、もう1人。そして、もう1人。と、前鼻に集(たか)る人数が増える。

 前鼻に笑いかけながら、時折(ときおり)こちらを見る彼女等の顔には、ゆずほへの軽蔑(けいべつ)の色が伺(うかが)える。

 それを見ながらゆずほは呆気に取られていた。犯人は前鼻ではないらしいこと、東條が見事に白を切っていること、前鼻の株が上がるのに反比例して自分が悪者にされていくような雰囲気があること、を、おいそれと納得できるわけがない。

 時刻は8時16分。賑やかな教室の中、ゆずほの半径1メートルだけに沈黙が根を下ろしている。

 

 さて、一旦ここで田中と小林のところに戻るとしよう。ここまで、私の話を読んでくれたことに感謝する。

 お前は誰なんだ、というあなたの声はしっかりと聞こえているが、それには後程(のちほど)答えさせていただく。

 では、また会おう。

ー ー ー

 

 いつの間にか、恐怖は感じなくなっていた。今は興味の方が勝っている。小林がヤバイ奴という説、小林のお姉ちゃんが幽霊だという説、を忘れたわけじゃないけど、今はそれどころじゃないというか、この話の続きが気になる。

 小林はたまに鋭い目つきで俺を見る。そんなときは、流石(さすが)におののいてしまう。でも、それ以外のとき、つまり話す小林の基礎になっている表情には、どこか切なさを感じる。そして、優しさも感じる。

 だから、小林がおかしいんじゃないかとか、お姉ちゃんは幽霊なんじゃないかとか、そういう俺の考えは、馬鹿げた茶化しのように思えてくる。きっと、小林は何か深い闇を抱えている。そして、それを今、俺に打ち明けてくれている。流石の俺でも、それを蔑(ないがし)ろにするわけにはいかない。

 例え、小林の頭がおかしいのだとしても、終業式のあの日の夕方、小林が俺を助けてくれたことに変わりはない。それに、頭がおかしい部分があったとしても、それは小林の1つの要素に過ぎなくて、全てがおかしいということにはならない。小林が優しいことは確かなんだ。

 亡くなったお姉ちゃんが、今は幽霊になっているのだとしても、小林のこの感じだと危害を加える悪霊ではなさそう。むしろ危険から守ってくれる守護霊かもしれない。もし、そうだったなら、怖いと言うよりも面白い。

 

 小林は話しを止めて麦茶を飲んだ。そして言う。

 「長くなっちゃってごめんね。でも、全部を話すにはもう少しかかるんだ。大丈夫?」

 もう恐怖はない。だから元気に返す。

 「もちろん。むしろ聞かせてほしい。」

「よかった。それにしても、僕もちょっと話し疲れたな~。」

「一回、休憩しよう。」

「そうだね。」

 身体はそこまで凝(こ)ってないけど、少し動かしてほぐす。ふと前を見ると、小林も同じことをしていた。

 今までの話を脳内で整理しながら、俺は若干独り言のように小林に話しかける。

「あ~、まあ、いろいろあったけどさ、前鼻って言う人には許してもらえたんだね。」麦茶を飲み込んでから付け足す。「よかった~。」

 ポテチをつまんだ小林が、もぐもぐとしながらそれに答える。

「ん~、どうなんだろう。そうとも言い切れないんだよね。」

「え、そうなの?」

「僕もあんまり詳しいことは知らないんだ。お姉ちゃんにもっと聞いとけばよかったな~。」

 

 聞いとけばよかった、これはどっちの意味なんだろう。

 お姉ちゃんは幽霊なんかにはなっていない、つまり、この話はお姉ちゃんが生きていたときに小林が聞いた話なのか。だとすれば今の小林の発言は、俺にはずっしりと重く感じられる。何せ、聞きたくても、もう2度と聞くことはできないんだから。

 でも、お姉ちゃんはやっぱり幽霊になっていたのだとしたら、俺の沈(しず)んだ気分は少し救われる。何せ、2度と会えないわけじゃないから。例え幽霊だとしても、会うことはできるから。

 その場合、小林の「もっと聞いておけばよかった。」はこういう意味になる。

 お姉ちゃんは幽霊としてあの世からこの世に来ることができる。でも、出現できる時間は決まっている。例えば、毎晩0時から1時までしかこの世には来られないと仮定する。そうすると、小林のこの発言の意味は、昨晩もっと聞いとけばよかった、になる。

 それとも、お姉ちゃんは小林だけにしか姿を見せないのかな。まあ、なんであれ、やっぱり小林のお姉ちゃん幽霊説の方が、気持ちは楽だ。

 俺は幽霊の存在を否定もしないし肯定もしない。でも今は、幽霊は存在していてほしいと思う。

 

 しばらく1人で呆然と思考に耽(ふけ)っていたことに気がついた。前を見ると小林は、考えるように上を向いている。

 仰け反っていた体制を素早く戻して、小林が言う。

 「でも聞いた話から推測(すいそく)する限り、その前鼻って言う人も、お姉ちゃんを押したくせにしらばっくれた東條に負けず劣らず、なかなかのツワモノのようだよ。」

「え、マジかよ。ツワモノか~。」

「そう、ツワモノ。」

 

ー ー ー

 その日、ゆずほはいつものように1人の昼休みを過ごしていた。

 4時間目の授業で出された宿題を10分ほどで終わらせる。期限は来週までだから、なにも今やらなくてもいいのだが、ゆずほはそういう人間だ。やるべきことは、できるだけすぐにこなす。

 ようやくペンを置いて、リュックサックの中から弁当箱を取り出す。リュックの内装には、まだ薄っすらと赤色が残っている。

 蓋(ふた)を開けると、母親が作ってくれた料理達がギッシリと詰め込まれていた。

 

 小林家の母、小林うみほは、シリコンのおかずカップなどで、小分けにしたりはしない。かろうじて箱の中心にご飯とおかずとを区切る壁(かべ)はあるものの、それ以外の配慮(はいりょ)はない。ギッシリと、本当にギッシリと詰まっている。

 しかし、それは素人(しろうと)のギッシリではない。玄人(くろうと)のギッシリなのだ。

 素人がそれをやれば、弁当を持ち運びする間に、ポッカリと隙間(すきま)が空いたり、偏(かたよ)りが生じておかずが潰れたりしてしまう。そういう意味では、うみほのギッシリは実に華麗(かれい)である。蓋を開ければ一面の白や茶色や赤や緑がゆずほを出迎えてくれる。

 ゆずほはそれをいつも美味しそうに頬張(ほおば)っている。盛り付けはもちろん、味も良いのだろう。

 それにしても、人は外見によらないとは、まさにこのことだ。あの西洋的で上品な雰囲気を持つうみほが、こんなに豪快(ごうかい)なお弁当を作るのだから。

 

 ゆずほは弁当を机には置かずに、お腹の下で抱えるようにする。

 前鼻はあれが起きてからは、リュックサックをゆずほの席とは反対側に置くようにした。これによって、ゆずほが白いリュックサックを汚してしまうことは、もう起こらないはずだ。

 しかし、念には念を入れて、ゆずほは自分にできる範囲の配慮(はいりょ)は施(ほどこ)している。私は彼女の長所はまさにここにあると思う。自分にできることは、己の手でしっかりとやる。例え失敗してしまったとしても、そこから必ず何かを学び次に繋(つな)げるのだ。

 

 今日のおかずはメンチカツだ。上にはたっぷりと中濃ソースがかけられている。これは危ない、と思ったが、ゆずほはお腹と足の付根と手で弁当をしっかりと固定しているから、恐らく突き飛ばされたとしても以前のようにはならない。

 あのときは机が倒れる際(さい)の遠心力によって、チキンナゲットは前鼻のリュックにまで飛んだ。しかし、今倒されたとしても、メンチカツは少し飛びはするものの、床に着地するだろう。

 それに今度は、それ以前の対策を打てる。宙を舞うメンチカツの行く手を阻(はば)むことができる。いや、それ以前に東條達が横を通るときは蓋(ふた)を閉めればよい。なんなら、それを机やリュックサックの中にしまうこともできる。

 いやいや、それ以前に東條達はもうさすがにゆずほを押したりはしないはずだ。彼女達にとっても前鼻が敵になることは避けたいはずだ。なぜなら、前鼻を敵にするということはつまり、クラスの大半を敵に回すということなのだ。

 あのときは、皆がそれぞれの娯楽(ごらく)に夢中だったからよかったけれども、今度もそう上手くいくとは限らない。突き飛ばすところを誰かに見られ、その誰かが前鼻に言いつければ、例えいつもは仲良くしている東條等だとしても、前鼻は許しはしないはずだ。そして、それは明らかに故意的な行為であり、しかも2度目だということがバレれば、ゆずほのように謝れば許してもらえる、ということにはならないだろう。

 長々と力説してしまったが、とにかく、彼女等もそんな馬鹿(ばか)な真似はしないだろう、ということだ。

 

 私が思考を巡(めぐ)らせている間に、ゆずほの付近には、例の東條を含(ふく)む女子3人組がいた。そして、前と同様、ゆずほの隣を通り過ぎようとしている。

 「小林さん、この前はごめんね。」

突然、東條が声をかけてきた。

 驚いた様子でゆずほは声の主を見る。

 「この前はお弁当台無しにしちゃってごめんね。」

「え?」

「今日は何食べてるの?」

「ああ...。ええと...。」

 急な展開にゆずほも私も対応が追いつかない。これは一体どういうことなのだ。

 

 つづく... 

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続きはこちら↓(2020.7.31 更新)

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