アップルティー

 一年前くらいから夜中に誰もいない公園の芝生に一人で寝そべっては明るい夜空や流れる黒い雲の動きを眺めることが密かな自分だけの安らぎだった。スマホで好きな音楽やラジオを流しながらポテトチップスをボリボリと食べたこともあった。しかしいつも一人だった。隣に誰かいてくれたらといつも思った。だから、いつか誰かとこんな時間を過ごすことが密かな夢になった。

 

 言い訳のできない年齢になってしまった。一人暮らしを考え始める。でも、お金がない。だから時間もない。次第に職場以外の外出が減り、当然、真夜中に公園に行くこともなくなった。そしていつかの自分の密かな夢も忘れてしまった。

 

 車の免許をとった。数ヶ月前から自動車学校通っていて最近になってやっととれた。嬉しかった。早く車に乗りたい。

 親が車を使わない深夜に貸してほしいと頼んで、私たちが帰ってきたらいいよと承諾を得た。春休み中で暇な大学生の友達を2人誘った。どちらも少し前にひょんなことから再会した小学校のクラスメイトだ。二人とも乗り気だった。

 午後11時を回っても親は帰ってこない。早く出発したいのに今日に限って帰りが遅い親に少し苛立った。

 親が帰ってきたのは日付を回った頃だった。急いで準備していたレジャーシートや水筒とカバンをトランクに詰め込んで運転席に乗った。車の目を光らせギアをドライブに入れた。その瞬間、これからとてつもない夜の冒険が待っているようでわくわくした。

 初心者マークの運転は楽しかった。まだ怖さもあるが自分が運転していることが嬉しかった。Bluetoothで好きな音楽を流してハンドルを操った。

 まず一人を乗せもう一人の家へと向かった。道中では他愛も無い話をした。

 寝静まった街の道路はまるで自分たちしかいないように思えた。橙色の街灯に照らされた薄暗い車道を車のヘッドライトが明るい黄色に塗り重ねていく。

 行き先は決まっていた。以前の自分の夢を叶えるための場所、あの公園である。

 

 ギアをパーキングに入れてサイドブレーキを引く。ドアを閉める音が3回響いた。トランクを開けて家から持ってきたレジャーシートと水筒それからリュックサックを取り出す。

 「よし、いくか。」

薄暗い中で少し笑った二人の顔が見えた。車をリモコンでロックする。ピッと光ったハザードが「いってらっしゃい。」と言っているかのようだった。

 公園の入口は狭く民家と民家の間にある。まるでハリー・ポッターの9と4/3番線やバケモノの子のバケモノの世界への入口のような、知る人ぞ知る、という感じがした。

 入り口を通過して少し歩けばすぐに世界が変わる。目前には芝生が広がり、その奥には黒々とした大きな森林がそびえている。舗装された小道は左手の山の上まで続いてる。それを登れば街の景色を見渡せる展望台広場がある。夜のそこはカップルの溜まり場である。

 その道を登っている途中でぽっちゃりな友達が笑って言った。

「いやキツッ!なにこれ修行やん!」 

自分は何度も来ているからなれているが、初めてならこの坂道のことを当然そう思うだろう。

 最後までは登りきらずに道の中間あたりで立ち止まり振り返った。友達も振り返る。そこには今まで登ってきた暗い道と芝生と、その先には街の夜景が広がっていた。

 「めっちゃ綺麗。」

友達が言った。

 「ね?登った甲斐があったでしょ?」

 

 この場所は夜になるとほとんど真っ暗になり人は滅多に寄り付かない。道を登った先の展望台広場の明かりも木々に遮られて届かない。上からは人々と森のざわめきが微かに聞こえるだけだ。

 

 円い月が白く輝いている。その下でレジャーシートを広げた。

「いや、ピクニックしに来とるやん!笑」

友達が小馬鹿にする。

 腰をおろして水筒を開ける。なにそれ?と友達は興味津々だ。水筒と注がれたコップから湯気が立ち上る。赤と緑と黄のコップに注いでそれぞれに渡す。

「いや、ピクニックやん!笑」

また友達が小馬鹿にする。

 遠くの方から葉と葉がこすれる音が近づいて来て3人を通り過ぎていく。

 3人はコップに口をつけた。口の中にりんごの優しい香りが広がる。

 「なにこれ!?」

 「めっちゃおいしい〜。」

友達が言った。アップルティーを好きになったのは好きな小説に出てくるからだった。アップルティーというお洒落で温かみのある感じが好きだった。

 3人は自分たちを包む闇と夜景と森の音のなかで各々がぽつりぽつりと話を咲かせていった。そんな夜が僕の人生には確かにあった。それはこれからも変わらない。 絶対に。