8月29から始動しましたこの「おかしな小説」ですが今回から以下のように変更を加えて執筆していきます。
- 単独で「おかしな小説」の記事として投稿。
- 投稿日時を毎週水曜日の17時に。
- 物語の趣旨を「気持ち悪いユーモア」から→「面白さ(様々な意味で)」,「不気味」,「畏怖(いふ)」,「畏敬(いけい)」,「科学的知識」と変更し、これらを織り交ぜて誰でも楽しめて(少なくとも嫌な気持ちにならないで)、読むだけでメンタルに前向きな変化と共にエビデンス(科学的根拠)に基づいた人生を良くする知識を得られる、というような芸術的面白さを目指します。
今後ともよろしくお願いします。
「遥か上空、雲海に広がる夜の静寂」【毎週水曜17時投稿】
※画像はイメージです
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気づけば僕は真っ暗闇の中で一人、すがるものもなくただふわふわと空間を漂っていた。宇宙飛行士が体験する無重力とはこういうことなのかと頷くこともできるが、重力を全く感じないのかと言えばそうでもない。だとすれば自分はどこにいるのか。そもそも自分という存在すら確かなものではない。思わず両の手を軽く前に突き出してそれに目を向けるが、そこには確かに物体として腕があり指がある。とはいえ全身を確認できないのでは実感はなかなか湧いてこない。
月明かりに青白く照らされた、足元から広がる絶えることのないもくもくとした雲海が、遥か上空を吹き抜ける涼しげな風に流されてもうもうとうねりを打っている。僕はそれに着地してからそっと腰を下ろした。霧(きり)となったいくつもの水の粒達がふわっと小さく舞い上がり、優しく身体を包んでから薄っすらと消えてた。僕は無性に居心地が良くなって、程なくして全身を預けた。そして上を見上げる。
その瞬間、息が止まった。ようやくその空気の塊をごくりと飲み込んだとき、無意識に口が動いた。
「うわぁ、綺麗だ。」
分厚い雲が降りた街の明かりは到底(とうてい)ここにまで届くはずがない。有り余るほどの闇を得た星々は各々が嬉々(きき)として輝きを放ち、無数に広がる粒の中で同じ光など1つも無いように思えた。
首を捻(ひね)り視界を右斜上にずらせば、そこには夜に包まれた世界では最もな勢力を持つ月が煌々(こうこう)と円い光の輪を闇に投げていた。
僕は状態を起こして今一度目前に広がる世界を見渡した。これを畏敬(いけい)と言わんとせず何とせう。今読んでいる鈴木祐氏の「最高の体調」によれば畏敬の念を抱くことは人に様々な健康的メリットを与えてくれるそうだ。今がまさにそれであり、感服のあまり言葉がでない。
じわじわと眠気が誘ってきたところで僕はふと疑問に思った。睡眠を促(うなが)すホルモンのメラトニンは光に弱いから僕は毎晩遮光(しゃこう)カーテンで街明かりの猛威(もうい)を凌(しの)いでいるのだが、この満月や星屑(ほしくず)の煌(きら)めきはどうなんだろうと。旧石器時代の生活は健康そのものだと本では読んだが、その時代に生きていた彼ら彼女たちやその体内に属するメラトニンにとって、夜のささやかな自然光はどんな存在であったのかは疑問だ。が、案外すぐに正解の有力候補が浮上した。家があるだろうと。そんな当たり前の答えに気づかなかったのかと自然と笑いがこみ上げてきた。
笑顔になるのは良いことだが、それが一段落した頃に自分が一人きりだということに気がついて、地上にいる家族や仲間が恋しくなった。果たしてここはどこなのか。どうやったら戻れるのか。僕は空の上をぷかぷかと浮かぶこの雲に乗っていつまで夜をさまよい続けるのか。孤独は煙草(たばこ)よりも身体に害だとは読書家になってからは常識になっていたから、家族や友人などの大切な人々は文字通り大切にするようにしていた。だが今となってはどうしようない。強制的に外界から追放されてしまった。人力ではまるで歯が立たない自然のいや、宇宙の驚異(きょうい)に畏敬どころか畏怖(いふ)の念が心を支配した。
「これ、よかったら食べませんか?」
横を見ると一人の女性が前かがみになって右手を差し出していた。握られている袋には「大容量!生クルミ」とプリントされていた。
「クルミ...ですか?」
「嫌いですか?」
「いえ、いただきます。」
「健康にいいですから。」と囁(ささや)きながら彼女は小さな手でいくつかのクルミを僕に手渡した後、肩まで掛かる長い髪を耳にかけて隣に腰を下ろした。例によって白い霧(きり)がふわっと小さく舞い上がる。
左手を揺らして、そこに乗った数個のクルミを転がして遊ぶ。本に書いてあったマインドフルイーティングを実践してみようと思い立ったのだ。今この瞬間の行為に完全に集中する時間を設けることで、現代人の我々にとって様々なメリットがあるのだそうだ。マインドフルなら皿洗いでも洗濯物干しでも筋トレでも何でもいい。クルミに鼻を近づけて香りを嗅ぐと微(かす)かではあるが香ばしさを感じた。目を瞑(つむ)りようやく口に入れはするが噛むのはまだ早い。舌の上で転がすとごつごつとした凹凸と仄(ほの)かに苦味が感じられた。そしてついにそれを噛み砕くと口全体に渋(しぶ)みや苦味、それから油分の濃厚さと共に優しい甘みが感じられた。
しばらくそうしていると隣の彼女が声を発した。
「もしかして...」
ところが、その瞬間前方百メートル程離れた雲の割れ目からただならぬ重低音が聞こえ、続いてその場所から眩(まばゆ)いほどの白い光が溢(あふ)れ出した。そして間もなく何かが突出した。
「あれは何でしょう。」
驚きと恐怖で僕の身体にはストレス反応の1種である闘争・逃走反応が迅速(じんそく)に起動された。
「大丈夫ですよ。」彼女は静かに言った。「ただの飛行機です。」
彼女の言う通りそれは巨大な飛行機で凄まじい速度でこちらに迫ってくる。僕の身体は闘争は放棄(ほうき)し逃走することを選んだ。急ぐままに危うく後ろに逃げそうになったがすぐに切り替えして横に飛び出そうとする。しかし足場は雲であり蹴り出そうにもまるで手応えがない。
「大丈夫ですから。」
その様子を見ていた彼女はくすくすと笑いながら確かな口調で言った。
「大丈夫なものか!」と怒りさえ覚えたが、一瞬の迷いの末に僕はその言葉を信じてみることにした。彼女の隣にまた腰を下ろそうと身を屈める。
その瞬間、目と鼻の先まで接近した旅客機のフロントガラス越しに帽子をかぶった二人が微笑みながら会釈(えしゃく)したのが見えた。続いて客席の窓がすぐ横に迫り、その向こうには数人の子供が笑い合いまた別の窓からは1人の紳士がうつらうつらしているのが目に止まった。それらの光景は一瞬の出来事であったはずだが、視覚はそれを鮮明に捉(とら)えていた。そして凄まじい轟音(ごうおん)と共に大きな翼(つばさ)が視界の全てを遮(さえぎ)り、最後に機体の尾びれが風を切って行った。
夜の静寂(せいじゃく)が元の姿を取り戻す。
巨大な人工物が僕に与えた畏怖(いふ)に困惑しながら僕はつぶやいた。「すごかったですねぇ...。」
笑いながら彼女が答える。「ですねぇ。」
一息つこうかと身体の力を抜いたところで、周りの景色が少しずつ明るくなっていることに気がついた。活発だった星々はその数を減らし、堂々たる月はその輝きをすでに薄めていた。
「夜が明けますね。」
隣を見るとそこには誰もいなかった。隅々(すみずみ)まで見渡してみたがそこには真っ白な雲の大海原がどこまでも続いているだけだ。
遥(はる)か遠くの空が白み始めやがて、まだ生まれたばかりの太陽が姿を表した。それは雲海を黄金に照らし出し、やがてまるで溶かすようにぽつぽつといたる所の雲を沈(しず)めていった。日差しの猛威(もうい)は止むことを知らず、ついに残るは僕が乗るたった一群の雲だけになった。そして程なくして、それすらも日の暖かみに溶かされたのだった。
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まぶたをも突き抜ける眩い光が視界を埋め尽くしている。万が一間違って目を焼かれないように恐る恐る目を開ける。つい今まで見ていた不思議な幻想に思いを馳(は)せながら、「ふぅ。」と息を吐く。外からは鳥の鳴き声が僅(わず)かに聞こえる。
寝床から起き上がりカーテンを明けてから、僕を現実に帰せた光目覚まし時計の電源を切る。
(↑公式サイトなのでどのサイトよりも安いそうです)
そしていつものようにペットボトルの水を口に含んだところで、はっと気がついた。
「あれは、小松さんだったなぁ。」
先週の木曜日、緑豊かで小川の流れる公園で生野菜だらけの昼食をとっていると、隣の隣のベンチで同期の小松さんも同じように箸(はし)を動かしているのが見えた。ちょうど同じようにして小松さんもこちらを向いたので僕は会釈(えしゃく)をした。すると彼女は、何かの袋を掲(かか)げて僕に合図を送ったが僕には意味がわからなかった。それを察(さっ)したのだろう。自分の荷物を抱えてこちらに小走りで来た彼女は前かがみで言った。
「これ、よかったら食べませんか?」
ペットボトルのキャップを締(し)めながら、初めて自分の中に眠る恋心と向き合う。
とはいえ、あれは所詮(しょせん)夢だ。夢の中で人を殺したからと言って、それを現実でもやってしまうかと言えばそうではないし、はたまたそうすることを自分が望んでいるのかと問えば答えはNOのはずだ。夢幻とは奇々怪々(ききかいかい)なものである。
だからといってこの感情を蔑(ないがし)ろにするのは得策ではない。それを見つめ観察し、向き合い、受け入れた上で『さて、どうするか?』と考えるのが喜ばしい道筋だ。
「それにしても、絶景だったなぁ。」自然と笑みが溢れる。「いつか早朝の便に乗って北海道あたりに自然を堪能(たんのう)しに行ってもいいな。」
完
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- 二人(Gerd AltmannによるPixabayからの画像を加工)
- クルミ(_Alicja_によるPixabayからの画像を加工)
- 雲の割れ目から眩いほどの白い光(Dimitris VetsikasによるPixabayからの画像)
- 飛行機(Анастасия БелоусоваによるPixabayからの画像を加工)
- 薄い月(pen_ashによるPixabayからの画像を加工)
- 誰もいない(Free-PhotosによるPixabayからの画像を加工)
- 黄金の雲(Free-PhotosによるPixabayからの画像を加工)
- 現実に戻った僕(StockSnapによるPixabayからの画像を加工)