無料で短い【おかしな小説~人生を良くするエビデンスを小説に】ep.3

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※↑上の画像ですが、黄色い文字のタイトルにミスがあります(汗)。正しくは下のタイトルにある通り「夢から覚めた孤独、月を見る(前編)」です。「夢から醒めた夢」という舞台が印象に残っていて、それに引っ張られてしまいました(笑)。・゚・(ノ∀`)・゚・。(2020.9.24追記)

※読み終わるまでの目安分数:12分

 不気味な不思議で畏怖な世界観「夢から覚めた孤独、月を見る(前編)」毎週水曜17時投稿

※画像はイメージです

 仕事の大詰めで疲弊(ひへい)した心身を俺は時として長い昼寝で癒やすことにしている。ちょうど今日がその日だった。カーテンの隙間からぼんやりと差し込む赤色の光に照らされた天井を見上げて、俺は今のおおよその時間を把握した。

「ぅあ゛ーよく寝た。」

 重い布団を押しのけて、のっしりと状態を起こす。一応の暖房は稼働させているものの、部屋の温度はまさに冬に相応(ふさわ)しい。とはいえ、今まで羽毛に埋まっていた身体はほんのりと火照っている。

 体温を逃すまいとして手近なジャンパーを羽織りながら立ち上がり、身体を精一杯に伸ばす。

 ぼんやりと紅色に染まったカーテンを見て「遮光に買い換えようかな。」なんてぼんやりと思いながら、それを束ねる。眩い光に照らされて俺は思わず顔を背けた。

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ようやく目が慣れてきたところでゆっくりと目を開き夕焼けの景色を拝む。

 その瞬間、俺はもしやまだ夢から覚めていないのではないかという強い不安感に襲われた。「ねえねえ。夢の中で寝ているってことは、死んでいるってことなんだよ。」と昔まだ自分よりも大きなランドセルを背負っていた頃に、やんちゃな同級生に言われたのを、なぜか今になってふと思い出したが、そんな迷信は今はどうでもいい。とっさに頬(ほほ)を指でつねってみると痛みは確かに感じられる。が、そもそも夢の中では痛みを感じないとはよく言われることだが、果たしてそれが根拠に基づいた事実なのかは定かではない。実際、過去には痛みを感じた夢を経験したような気もする。いや、夢なら夢でよい。明晰夢(めいせきむ)などそうそうに経験できることではないから俺は少なからずの興奮を抱いた。

 その場に居ても立っても居られずに、羽織ったばかりのジャンパーのチャックを音を立てて閉めながら玄関に走り出す。愛用のスニーカーをつっかけてドアを開けると、アパートの廊下からは途端(とたん)に冷たく清らかな冬の風が流れ込み、逆に室内の淀(よど)んだ空気は嬉々として飛び出していった。俺はストレスに対する人間の反応の1つであるチャレンジ反応を起こすべく、一度深呼吸してから「俺は今、わくわくしている。」と自分に言い聞かせて側の下に向かう階段に飛びついた。

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 夢であってほしい。でも、現実だとしたら...それはそれで面白いかもしれない。どっちつかずの矛盾した感情を胸に抱えながらも、俺はアパートの日陰で風に吹かれながら、眼下に広がる真っ赤に染められた街を唖然として眺めていた。

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それは至っていつもの風景だが、不自然極まりないものが1つだけある。

 手前の道路を会社帰りのサラリーマンや学生、そして野菜の入ったビニール袋が籠(かご)に詰め込まれた自転車にまたがる主婦が、右から左へ左から右へと流れていく。その奥を見れば所々に高く突き出るビルやアパート、そして家々が立ち並びその間を縫(ぬ)うようにして車や人々が蠢(うごめ)いているのが見える。それは極めて普通な景色だ。だが、問題はそのさらに向こう側にある。我々の文明が気づいた『街』、その地平線の先には大きすぎる月が地面に埋まるようにして佇(たたず)んでいた。大きすぎるとは決して比喩(ひゆ)などではなく、文字通りの意味である。街を見下ろすようにして地平線を堺に広がる膨大な空、その面積の8割を今日はそれが覆っているのだ。

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 夕焼けの世界に出現したその月は、まだ黄色い光を空に投げるわけでもなく、反対の空で山に隠れもうじき息絶えるであろう太陽の日差しに照らし出されていた。クレーターは遠目に見てもありありと確認することができ、凸凹(でこぼこ)と不気味なそれは全体的にピンク色に染まっているが、まばらに赤やオレンジそして黒が散らばっているのが不気味さを一層強くしていた。

 俺は急に不安になって、誰でもいいから共感する相手が欲しくなり、坂を下って道の手前までやってきた。ところが、道行く彼ら彼女たちは何食わぬ顔で各々の日常を歩んでいるのだ。これはおかしい。

 「あの、突然失礼します。1つお尋ねしたいことが。」

正真正銘の内向型人間である俺ですら、この状況では見知らぬ人に声を掛けることも容易(たやす)くなることに少しばかり驚きを覚えた。それを横耳に聞いた芸術家風の長髪の男がこちらを見る。

「おや、なんでしょう?」

「単刀直入に申し上げます。あの月、大き過ぎやしませんか?」

「はて?と、いいますと?」

「いえね、いつもの月と比べて明らかに大きさが尋常ではないでしょう?」

「私にはいつもと何ら変わりのない、ただの白く薄っすらとしたまだ弱々しい月にしか見えませんがね。」

「それは...本当ですか?」

 男は苦笑して答えた。

「嘘をつく意味がありませんな。」そう言い終わったところで、少し心配そうな顔で俺の目を覗き込む。「ところで、あなたの目にはどう映っておられるのでしょうか?」

「いえ、大したことではないのです。ありがとうございました。失礼します。」

 足早にその場から退散したあとも、俺はしばらく街の中を彷徨(さまよ)い人々の顔色を伺(うかが)った。ところが誰一人として、この異常事態に驚愕(きょうがく)している人間はいなかったのである。そもそも、あの長髪の男は「いつもと何ら変わりのない」と言っていた。つまり、月があんなに恐ろしい形相に見えているのは、俺だけなのだろうか。俺はいつからおかしくなってしまったのか。いや、引き下がるにはまだ早い。この街の人間は皆そろって集団浅慮(しゅうだんせんりょ)に陥(おちい)っている可能性もあるわけだ。

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集団であるがために誤った選択をなんの疑いもなく決断してしまったり、知らず識らずのうちに傍から見れば明らかにおかしい規範が当たり前になってしまうという心理現象だ。世界中を探せば俺と同じ感情を今まさに抱いている人間がどこかにはいるだろうという淡い期待が湧いた。

 現在は便利な時代になった。電車に揺られなくとも、船酔いに目眩(めまい)を引き起こされなくとも、遥か上空で耳を痛くされなくとも、世界と繋がることができるのだから。アパートの自室に戻った俺はすぐさまスマホを操ってインターネットに接続した。しかし、目当ての記事や投稿がどこにも見つからない。まさか、俺以外の全人類が集団浅慮に支配されてしまったというのか。不安でたまらず何度もページを更新してみたが、目に入る情報は今となってはどうでもよいものばかりだ。そして不安はさらなる不安を呼ぶ。全世界に集団浅慮が蔓延(まんえん)したのなら、果たしてそれは集団浅慮と呼べるのだろうか?俺が見ている世界が仮に真実だとしてもそれを証明することが出来なければ、相対的にそれは間違いとならざるを得ない。人員の大多数が賛成すれば、それこそが正義となる。それとも、さっさと眼科または精神科に行くべきだろうか。

 不安はもはや恐怖へと変わった。今となってはこの自室だけが俺の居場所である。もうここから出たくもない。俺はジャンパーを着たまま、布団を引き剥(は)がしてできた隙間に再び身体を滑り込ませた。中にはまだほんのりと自分の温もりが残っている。どうにもできない思考をあれこれと巡らせているうちに、やがて意識は遠のき...

 

 嫌な予感がして目を開けた。

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先程とは色こそ違うものの、天井は明るく照らされている。身を起こすとシャカシャカと音がして自分がジャンパーを着ていることに気がついた。嫌な予感はますます信憑性(しんぴょうせい)を帯び始めた。

 恐怖は人に行動を駆り立てる。音を鳴らして布団から這(は)い出て、急いで立ち上がる。顔面に強い光が当たりまたもや顔を背ける。そしてゆっくりと視野を広げて眺める街の先には、大き過ぎる月が世界を真っ黄色に染め上げていた。そのあまりの明るさに、暗いはずの空までもが淡い黄色に染め上げられ、やや小汚く見える。

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 恐怖は人に行動を駆り立てる。自室に籠城(ろうじょう)してはいられない。俺には生活がある。仕事がある。今は休暇中とは言え、あと3日もすれば強制的に活動を開始しなければならない。そしてそれ以前に、このまま人生を放り出すわけにはいかないのだ。俺には追求すべき価値観がある。

  早急に、病院に駆け込もうか否かに全意思力を向けたが、ある突飛な提案が脳裏を掠(かす)めた。

『あの月に行こう。』

我ながら馬鹿げた考えではあるが、あながち蔑(ないがし)ろにするわけにもいかない微妙な問題だ。確かに外を見ればビルや家々の向こう側で、月は手に取れそうな程にありありと存在している。もっと近くまで赴(おもむ)けば何かがわかるかもしれない。それにしてもあの月、実にふてぶてしい。もう少し宙に浮かんでいてくれてもよいものだが、奴は、少なくともここから見ればどっかりと地面にあぐらをかいているように見える。あたかも「陸を伝ってくれば僕に辿り着けるよ。」とでも誘っているようだ。

 それに従(したが)ってもよいのだが、『君子危うきに近寄らず』という言葉もあるように自ら危険に身を晒(さら)すことはない。これは映画、特にホラー映画の話しだが、興味本位で近寄った登場人物が序盤に天に召されるというのはもはやお約束だ。しかし、今回で言うなら登場人物は俺一人しかいないわけで、その唯一が他界するようなことがあればそれは物語として成り立っているとは言えない、そう思ったが、主人公が最後にこの世を去るというのはそれはそれでたまに見かける展開である、とも思ったわけだが、なにを隠そうこれは現実であるわけで現実は不可解なことばかりである。つまり何が言いたいのかと問われれば、俺は少なからず怖いのだ。

 とはいえ、恐れに人生の可能性を奪われるわけにもいかない。自分の道は己で切り開きたいものだ。それに以前に読んだキャロライン・アダムス・ミラー氏の「実践版GRIT やり抜く力を手に入れる」(すばる舎では

研究によれば、人が自分にとって最も価値ある目標を持つことができない主な要因は、「恐れ」だという。

(同書より引用)

と書かれていた。そしてブロニー・ウェア氏の「死ぬ瞬間の5つの後悔」の興味深い内容が同書内で抜粋されていた。

実は、『死ぬ瞬間の5つの後悔』という本に出てくる、ホスピスにいる人達の後悔のナンバーワンとは、「自分に正直な人生を生きればよかった」なのだ。 

(同書より引用)

 つまり、俺はこの教訓を活かしたいのだ。様々なことを吟味(ぎんみ)した結果、やはりあの未知の物体にできるものなら辿り着く、少なくとも近づくことにした。

 そうと決まれば行動は早い方がいい。部屋中から使えそうなものをかき集めて大きなリュクサックに詰め込む。しかし、こんなに大それた真似をしたのは一体どういった自然現象なのだろう。それとも異星人かかぐや姫の類だろうか。と、やや無意味な思考を巡らせていると、あぐらをかいた膝(ひざ)に何やら重みを感じた。目を向けると、そこにはどこから入って来たのか、小さな鼠(ねずみ)が悠々と座っていた。

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 「俺は危ない人間かもしれないんだぞ?逃げないのかい?」

俺は思わず物言わぬ小動物に話しかけた。

「それはこっちの台詞だね。おい人間、逃げたまえよ。」

「共存の道はないかい?」

「それはお前次第だね。」

「ありがとう。」

今、不思議なことが起こったような気がする。しかし、どこを驚いてよいのか俺にはわからなかった。

 「お前、俺も連れて行け。きっと役に立つ。」

鼠が言った。

「えっと...いいけど。」

「ああ。それがいい。これはお前のためだ。」

「はぁ...」

 

 夜風に身を晒すと、案外凍える程ではなかった。街にはちらほらと雪が降り始め、空は黄ばんだ厚い雲に覆われている。これからどうなるかはわからない。一度深呼吸をして一番大切な価値観を思い出し、次にセルフモニタリングを試みる。俺は少年の頃に見た夢か現実かの区別が曖昧な、幻想的でけれども恐ろしい記憶を思い出した。あのときの興奮が全身の隅々まで行き渡っている。

 カサカサと音がする方に目を向けると、鼠(ねずみ)が地面から飛び出た雑草を貪(むさぼ)り食べていた。

「美味いの?」

「ああ。お前にはわからんだろうがね。」

「それはそうだね。ところで、寒くないのかい?」

「それは...そうだな。」

「ここに入(はい)れる?」ジャンパーのポケットのボタンを外すと、そこにはその鼠が入ってもまだ余裕があるくらいの空間があった。

「気が利くな。」

俺の足をするすると伝ってそこにぴょこっ入った鼠は一瞬気持ち良さそうに目を細めたが、すぐに勇ましく前方を見つめた。

 リュックサックを背負い直して坂を下る。雪がつもり始めた街は、月が放つ黄金の光を至るところに跳ね返している。

 

 「レンタカー」という響きには以前から興味を惹かれていた。大学在籍中に免許は取っていたものの、自家用車を所有する必要もないのでその用途は極めて少なかった。 

 

続く...

 

画像の提供元

※番号は上からの枚数順↓

※リンクの前の単語は、どの画像かをわかりやすくするため

  1. トップ画像、月と猫(https://pixabay.com/images/id-736877/を加工)
  2. 夕焼け、男(StockSnapによるPixabayからの画像を加工)
  3. 階段(https://pixabay.com/images/id-1081904/
  4. 街(https://pixabay.com/images/id-1868667/を加工)
  5. 巨大な月(https://pixabay.com/images/id-322222/https://pixabay.com/images/id-2246731/https://pixabay.com/images/id-1868667/を加工)

  6. 交差点、集団(https://pixabay.com/images/id-400811/を加工) 

  7. 目(https://pixabay.com/images/id-1132531/を加工)

  8. 黄色い光、男(StockSnapによるPixabayからの画像を加工)
  9. 鼠(https://pixabay.com/images/id-4051005/と筆者所有写真を加工)