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トリックアート「立てかけられたスマートフォン」
本編の長編小説【井の中の蛙達】12話「電話と、不法侵入」からイメージして描きました。(*´∀`)
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hibijuuzitu-syotenn.hatenablog.com
目次
今回の知識
12話「電話と、不法侵入」【毎週月曜日17時投稿】
※画像はイメージです
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窓ガラス、街の喧騒(けんそう)、忙しくキーボードをタイプする集団、睨(にら)み合う老夫婦、母親のまな板の音を聞きながら自分の世界に没頭する幼き可能性、日の出を待つ夜烏(よからす)、満月を見上げる野良猫、ありとあらゆる物に見向きもせず、ただひたすらに宙を飛び交う。夜も昼も休むことを知らず、誰にも気づかれない幽霊のようなそれは、ある夜に2人を繋いだ。
〈久しぶりー。〉
「ご無沙汰(ごぶさた)しておりました。」
〈いや、水臭いわっ!〉
まだ眠らない街に照らされた明るい空では、いつもより大きな満月がそれに負けまいと輝きを放っている。その下では、遠く離れた2人の女性が共鳴して安らかな笑い声を電波に乗せた。
〈はい、今日はどうしましたか?〉
「うん。霞(かすみ)の声を聞きたかったてゆうのもあるんだけどさ、ちょっと聞きたいことがあってね?」
〈私に分かることなら、なんでもお答えしますよぅ。〉
「ありがとう。ていうか、今時間大丈夫?」
〈大丈夫じゃない、と言ったら嘘になる。〉
「はい、ありがとうございます。」
〈はい。〉
私は今図々しくも水野先生の家にお邪魔している、と言いたいところだが私は嘘がつけない性である。潔(いさぎよ)く白状いたす。彼女は私を招(まね)いたわけではないことは確かだ。なぜなら、彼女が自宅に足を踏み入れてから玄関のドアが閉められるまでの、いささか間もない時間で私は素早くその身を中へと放り投げたからだ。つまり、言葉にすると罪悪感が生じるのだが、不法侵入というわけだ。とはいえ、それは人間にだけ当てはまる掟(おきて)であり、それ以外の生物には適応されないはずだ。だから私は、あなた達にとやかく言われる筋合いは無いと、そう思っている。
兎(と)にも角にも、水野先生と電話の向こうの女性との会話を、私は聞きたいのである。
「単刀直入にお聞きしますと、いじめについてお聞きしたいんだよね。」
〈いじめ、かー。これまたどうして?〉
「うちの学校でさ、あるみたいなんだよ。」
〈そう。何となくは察してたけど、そうかぁー。やっぱり集団で生活してると、そういうことも起こっちゃうのかなー。うちらもちょっと経験あるよね?〉
「うん。あれはちょっと雰囲気が怖かった。大事に至らずに終わってよかったけど。」
〈ほんとにね。あ、ごめんごめん、ズレちゃったね。それで?〉
「ああ、えっと、まずさ、いじめの被害者の心の状態について私なりに考えたり調べてみたりしたんだけど、霞(かすみ)の意見も聞かせて欲しいんだ。」
〈いじめ被害者の心理かー。〉
「霞(かすみ)、心理学とか詳しいでしょ?」
〈いやいや、子どもの心理とかいじめとかはあなたの方が詳しいでしょうよ。養護教諭なんだから。私はただ読書が好きなだけだし。〉
「まあそうだけど、でも相談も兼ねて聞きたかったんだ。」
〈了解。なんなら、朝まで付き合うぞ。〉
「ありがとう。」
〈ん~む、そうだなー。まず頭に浮かんだのは学習性無力感かな。〉
「がくしゅうせいむりょくかん?」
〈うん。打開することのできない苦難に襲われた時、『ああ、何をやっても無駄だ』って学習しちゃうの。そうなると本当はちょっとのことで乗り越えられることも、端から諦めるようになっちゃうんだよね。〉
「あー。」
〈だから、貧困とか児童虐待とか、それこそいじめとかは、被害者を根本から
容赦なく弱らせるよ。〉
「なるほどねー。」
〈その、いじめられてる子は大丈夫なの?学習しちゃってない?〉
「一応、私に相談してくれたから、とりあえずは一安心ってところかな。」
〈あーよかった。誰かを頼れる力があるだけでもさ、状況は変わるから。よくやった。水野せんせいっ。〉
「うん、でもまだまだ難しいことに変わりはないよ。こういうデリケートなことって、本当に慎重に動かないとまずいからね。」
〈同感。それと、千愛(せな)ちゃんも頼ってよね。私にできることがあったら力貸すからさ。〉
「ありがとう。もう頼ってるけどね。」
〈あっ、そうだね。〉
「あれ、君、入って来ちゃった?」
彼女等の興味深い話しに耳を澄ましていた私の身体に、瞬時に戦慄が走った。
「ああ、見つかってしまいましたか。これは失礼。」
努めて目立たない場所つまり天井の隅(すみ)に貼り付いていた私は、向けられた大きな視線にただならぬ恐怖を感じながら、その場に留まることしかできない。
「貴女、申し訳ありませんが、どこかに私が通れる程の出口はありませんでしょうか?今すぐに出ていきますので是非ともご教示願いたい。」
「いいけどさ、私のこと怖がってない?」
「お恥ずかしながら、少なからず。」
「やっぱりね。でも、その必要はないよ。取って食べたりはしないから。飼い主がくれる食料だけで十分満足だからね。」
「そうですか。それは喜ばしいことで。」
「だからさ、そんなところに貼り付いていないで、下りてきなよ。話しをしよう。」
「それでは、お言葉に甘えて。」
私は壁を伝って少しずつ降下し、高低差が縮まったところで最後はぴょんと飛び降りてべたっと着地した。至近距離で見る大きな彼女は、全身を黒い毛に覆われ大きな青い目を優しく細めている。
「貴女が、水野先生に弛(たゆ)みなく癒やしを与えている、コンフォートアニマルですな?」
「そんな大それたものじゃないけど。まあ、そうとも言うのかな。」
「それにしても、あなたは大きいですな。」
「君は小さいね。」
「いかにも。」
「ここまで大小違えば、見える世界も違うだろうね。」
「ですな。」
「そもそもの身体の作りも違うしね。」
「ええ。ひとまず、私は貴女の長くてしなやかな尾っぽに感銘を受けておりますよ。」
「よしてくれよ。そんなに褒めそやしたって、出るものと言えば毛玉くらいだよ。」
「これは失礼。毛玉はどうぞそのままお納めください。」
「いや、年に何度かは吐き出させてくれないと困る。」
「わかりました。」
私達の間に少しの静寂(せいじゃく)が訪れた。
〈やっぱり、自尊心(じそんしん)が下がっちゃう子が多いと思うよ。〉
「自尊心ねー。」
〈そう。それには、セルフコンパッションが役に立つかな。〉
「ふむふむ。自分への思いやりだね。」
〈そう。言葉にすると簡単なんだけど、これが結構難しいのよ。〉
「わかる気がする。」
〈自分への甘やかしだって勘違いされることも多いんだけどね、それとは別物なのよ。〉
「うん。」
〈逆に自分を責めたところで、その果に待っているのは自己嫌悪や焦りだからね。〉
「うん。」
〈人間なんて所詮(しょせん)不合理な生き物なんだから、そりゃ駄目なところもある。それも含めて自分。〉
「うんうん。」
〈だから自分をありのままで受け入れてさ、それから自分はどうしていこうかと考えるのがいいと私は思うんだ。〉
「なるほど。」
〈失敗しながらも少しずつ学んでいけばいいと思うんだ。まあ、イメージとしては大切な友達とか家族が落ち込んでるときに「そういうときもあるよ。」って優しく声をかける感じかな。って長くなった。ごめん。〉
「いやいや、そういうことを聞きたくて電話してるから。大丈夫。」
〈相変わらず、お優しい御方で。〉
「そのままお返ししますけど。」
〈そのまま頂戴いたしますけど。〉
2人は楽しそうに話しているが、その芯には確(しか)と真剣さが座っている。
「それから、ストレスとかはどうなのかな。」
〈ストレス?〉
「うん。いじめって想像を絶する程のストレスじゃない?」
〈ああ、そゆこと。それはねー、その通りだろうねー。溜め込んじゃうとまずいかな。ブラックアウトとかもあるしね。〉
「ほうほう。」
〈知ってる?〉
「えっと、停電のことじゃなくて?」
〈イメージとしては似てるけど、それとは別物で、これはねえ、真面目な人とか責任感の強い人に多く見られる現象なんだけど、着々と溜まっていたストレスがある日突然爆発しちゃって、例えば今回のケースで言うならいじめの加害者を我を忘れて殴り殺してしまうとか、ちょっと怖いんだけどね。で、気づいたら警察署の取調室にいて、そのとき初めて自分の罪を知るって感じ。〉
「え、記憶が飛んでるってこと?」
〈そう、もう本当に我を忘れていたからね。お酒を飲む人ならわかるかな。飲み会の席で飲みすぎちゃって記憶が飛ぶとかはよく聞く話だよね。あれもブラックアウト。〉
「ああ、それはわかりやすいね。」
〈つまり過度のストレスやアルコールで、それまで感情を抑えてくれていたストッパーが外れちゃうわけだな。千愛は大丈夫?養護教諭って大変な仕事なんでしょ?〉
続く...( ・ิω・ิ)
読んでいただき、感謝です! m(_ _)m (^o^)
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- トリックアート「立てかけられたスマートフォン」(制作・撮影:筆者)
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