エナジーバンパイアという言葉をご存知でしょうか。僕もよく調べないままこの記事を書いてしまっていますが、兎にも角にも他人のエナジー(エネルギー)を吸血鬼のように吸い取って生きている人だと解釈しています。
さて、それを踏まえて、あなたの周りにはこの「エナジーバンパイア」はいるでしょうか?僕の周りには残念ながら沢山います。プライベートは逆にエナジーを与えてくれるような言うなればエナジーギバーのような人にありがたいことに恵まれているのですが、やはり職場ですね。他人の揚げ足をとったり他人の失敗を大げさに取りざたしたり、余計なことを言ってきたり、機嫌が悪かったり。彼等が他人からエネルギーを吸い取るためにとる手段は様々です。それは意識的なものもあれば無意識でおこなっていることもあるでしょう。
そんなエナジーバンパイア達に僕等はどう立ち向かえばよいのでしょうか。今回は僕なりに考えた対策を書いていきます。
今回の記事のまとめ
- エナジーバンパイアからは距離を置いたり関係を断つのが最も有効
- 物理的にすぐに離れられないのなら、精神的な距離を置く
- エナジーバンパイアを人として見ずに、動物として見る
目次
エナジーバンパイアに有効な手段
できるだけ距離をとる。できるなら縁を切る
エナジーバンパイアは同じ空間にいるだけでこちらのエナジーを奪ってきます。強いバンパイアならば同じ空間にいなくても、過去の記憶や明日も会わなくちゃいけないなどの未来への憂鬱という形でこちらのエナジーを奪ってきます。そんなエナジーバンパイアに対して最も有効な手段は距離をとる、関わらないということです。距離をとる方法としては職場ならば、転職や部署異動。友達ならば徐々に連絡を減らしていきゆっくりとフェードアウトしていく。エナジーバンパイアからはできることなら速やかに関係を断ちましょう。
とはいってもそれが簡単にできれば誰も困りません。なかなか関係を断てないからこそエナジーバンパイアは厄介なのです。僕も現在の職場にエナジーバンパイアが主に3体程いるのでかれこれ2〜3年程悩まされています。
では、そんな離れることが難しいエナジーバンパイアにはどんな手が有効なのか考えていきます。
自分の中の解釈を変える。エナジーバンパイアを人間として捉えない
物理的に距離をとれないならば、せめて精神的に距離をとる必要があります。その手段の一つとして、バンパイアに対しての認識を変えるという方法をご紹介します。これは僕が実際に数週間実践してみて効果があると実感した方法です。
人と人との関係に欠かせないものの一つとして、お互いに敬意を相手にもっているかが挙げられます。しかし、エナジーバンパイアは大抵、エナジーを吸い取る相手に対してはその敬意を持っていません。相手を軽んじていたり見下しているからこそ、エナジーバンパイアな行動がとれると思うのです。そんな相手とは人と人としての対等な関係を保つのはまず無理でしょう。ならばどうするか。そのまま吸い取られる生活に耐え続けてもいいですが、いつか限界が来ますし、なにより多くの人はそんな人間には関わらずにもっと楽しい毎日を送りたいはずです。そのために有効だと思う一つの手段は、自分がエナジーバンパイアだと一度認識した相手を、事実は置いておいてあくまでも自分の頭の中だけで人間として認めないことです。対等な人間だと認識しているのに、それを裏切るような言動をされるから、そのギャップでショックを受けてしまっている部分もあると思うのです。
例えるなら、エナジーバンパイアを野生のキツネやたぬきなどの野生動物だとしましょう。あなたは自分の畑を持っていてそこで野菜を育てています。しかし、毎朝目覚めるたびに畑の一部が食い荒らされています。あなたは、きつねやタヌキに対して怒りを覚えますが、このままでは日が経つごとに畑をどんどんと食い荒らされてしまうので、速やかに策を講じます。そしてダジャレではありませんが、柵を立てます。これで野生動物から自分の畑を守ることができました。
この例えで言う「畑」はあなたの心であり「野菜」はあなたのエネルギーです。「野生動物」は他でもないエナジーバンパイアを指しています。野生動物は話しが通じませんし、地球に住んでいる以上、他の生命体と共存していく必要があります。しかし、自分が丹精込めて育てた野菜をどこからともなくやってきた動物達に食べられるわけにはいきません。ですからあなたは柵を立てるという策を講じたわけです。
ところが、この「野生動物」が「人間」だとしたらどうでしょう。策を立てる以外にもあなたの脳内では様々な思考が行われるのではないでしょうか。
「どうしてあの人達はうちの野菜を勝手に摂っていくのだろう。明日も来たらやめてくださいと言おうかな。」
「もしかしたら食べ物がなくて困っているのかもしれない。毎日少しずつ摂っていくだけだから見逃してあげてもいいかな。」
など、人間というだけで交渉という選択肢や同情や哀れみという感情が生まれることがあります。また、この人間があなたと知人関係だとしたらどうでしょうか。
「柵を立てたいけど、なんで立てたんだって怒ったりしないかな。そもそもうちの畑なんだからそんなこと言われる筋合いはないけど、喧嘩になるのはいやだしなぁ。」
「勝手に取られるのは腹が立つけど、他のことで助けてもらってることもあるし、気まずくなっても嫌だからこの件に関してはもういいかなぁ。」
など、今後の相手との関係を気にして様々な思考が頭を巡ります。だからこそ面倒くさいのです。だからこそエネルギーを吸い取られ疲弊してしまうのです。
そこで、僕は一つ提案します。エナジーバンパイアは野生動物としてみなしましょう。野生動物のように何も考えずに心に柵を建てブロックしましょう。ですが、現実にはバンパイアは敵に回すと厄介な存在。なので、できるだけでOKです。完全には無理でも、日頃から意識することで見え方が変わってきます。
エナジーバンパイアに対しての恩や罪悪感、恥を捨てる
エナジーバンパイアはわざと恩を着せたり、罪悪感を感じさせたり、恥をかかせることで僕等のエナジーを吸い取るという方法をよく使います。しかし、それらの感情はお互いに敬意を持つ人と人同士の関係では必要かもしれませんが、エナジーバンパイアに対しては感じる必要はありません。
前項で「エナジーバンパイアは野生動物としてみなす。」という提案をしました。この提案はとても失礼で人を侮辱しているのかもしれませんが、僕はこれくらいの心の持ちようでいいと思っています。優しさや人としての思いやりは大切ですが、あまり優しすぎるのも良くありません。いくら優しくても自分や大切な人を誰かに食い物にされては意味が無いのです。特に、エナジーバンパイアに関しては僕等からひっきりなしにエネルギーを奪っていく存在。そんな存在に対して、優しさや思いやりを持つ必要はありません。よくフィクションの世界で、優しい主人公が絶えず優しさを与えることで、敵が味方になるという展開がありますが、そんなことは現実では滅多に起らないことでしょう。いえ、起こるには起こるのですが、それはフィクションのそれとは違います。味方になったとしても、人はそう簡単には変われません。攻撃対象は一時的にあなたから他の誰かに変るでしょうが、その間も小さな攻撃や小さな搾取をあなたは受けることになります。人は、特に幼い頃に形成された価値観や性格が大人になってから大きく影響してきます。幼い頃に空いた、もしくは埋められなかった穴をその人は一生抱えて生きていくわけです。バンパイア本人のその穴が埋まらない限り、バンパイアは近くにいる人間から生気を吸い取り続けます。善悪ではないのです。その人はその人。バンパイアはバンパイアなのです。ですから、あなたに求められることは、悪い人間を良い人間に変えることではなく、どんな人間と過ごしたいかを選択することです。僕はバンパイアとはできるだけ無縁でいたいので今回、転職を決意しました。
意識の外側に追いやる、相手にしないことのメリット
バンパイアを人間として捉えずに動物として捉えるというやり方は、自分に害のある存在を敵とも味方ともせず、ただ意識の外側に追い出すというアプローチです。
「嫌な人間」のやっかいなところは、言動で直接攻撃してくるのに加えて、僕等の思考を汚染してくるところです。
あなたがその嫌な人間を敵対視し、表面には出さずとも心のなかで嫌っていたとしましょう。そうすることで発生しうるデメリットを次にまとめました。
〈敵対視するデメリット〉
- 怒りが増える、汚い言葉が脳に増殖する
- おごりや満身が増える
- 他人の揚げ足をとるようになってしまう
- 自分のことに集中できなくなる
- 最悪、自分もバンパイアになってしまう
敵に対して我々がまず抱く感情は「怒り」だと思います。当たり前です。怒るのは当然です。しかし、怒りにはメリットもあればデメリットもあります。怒りを感じる時間が増えるほど幸福度は減少し、脳内には相手を侮辱したり否定したりするための汚い言葉が増殖してしまいます。
また、嫌いな相手の失敗や欠点を積極的に探すようになってしまいます。
「自分にはこう言ってるくせに、お前も同じことをしているじゃないか。」
「いつも好き勝手言ってくるけど、お前の方がよっぽど人としてどうかと思うよ。」
こう思うことは、一時的には快楽を与えてくれます。しかしその快楽以外に、この思考は我々に何一つもたらしてはくれません。むしろ、我々の幸福、時間、エネルギーというような貴重な財産を蝕んでいきます。他人の粗を探す癖がついてしまうと、自分の自分に対する評価や価値、幸福を他人を基準に相対的に判断してしまうようになります。常に誰かと比べて自分の方が上か下かを判断しては一喜一憂してしまうのです。
また、他人の失敗を見たり、その分野では自分の方が優れているとき、相手を見下したり嘲笑ったり、自分に慢心してしまうようにもなります。そうなれば、常に誰かのことを気にして、粗探しして、自分の相対的な立ち位置を気にして、自分の本当に大事なことに集中できなくなってしまいます。そしていつしか、自分の大切な価値観を忘れたあなたは、一番嫌っていたエナジーバンパイアになってしまうかもしれません。
さて、「相手を敵対視する」というアプローチをとるとどうなりうるかをご紹介しましたが、他にはどんなアプローチがあるでしょうか。次にご紹介するのは、嫌な人を「可哀想な人」と捉えるアプローチです。しかし、このアプローチもデメリットが多い気がします。
- 他人を見下すようになる
- 自分のことに集中できなくなる
- 人を優劣、上下で見るようになってしまう
人を可哀想と思うことは時として、人を見下し自分に慢心することに繋がります。見下すということは、人間には上下があるという思考を強固なものにしてしまいますし、慢心は失敗の素でしかありません。これもまた、他人の欠点や自分のプライドが邪魔をして、自分が本当に大事なものに目を向けられなくなってしまいます。
ですから、僕はエナジーバンパイアを動物として捉え、意識の外に追いやるアプローチをおすすめします。自分の思考を汚染から守り、本当に大切なことに目を向けられるからです。
エナジーバンパイア以外にも使える応用術、人を動物と捉える
エナジーバンパイアを野生動物としてみなす。という提案を先程しましたが、これはバンパイア以外の人にも応用可能です。あなたの人生の座席には限りがあります。それ以外はその他大勢であり背景といってもいいかもしれません。ですが、その背景に気を取られてしまうことはありませんか?
人混みの中を歩いていると、道行く人に馬鹿にされている気がする。冷たい目で見られている気がする。このように誰かもわからない人の目を気にしてしまうことはないでしょうか?僕はあります。他人の目をめちゃくちゃ気にしてしまいます。そんなときに有効なのが、人を動物として捉えるという考え方です。人類も動物の一種類に過ぎませんから間違いではないでしょう。人類は他の動物と違い、理性や知性を持ち、言語を持っています。それ故に、あの人間にどう思われているかをつい気にしてしまうのです。犬や猫と接しているときはどうでしょうか。人間と接するように相手の気持ちを考えることはするかもしれません。お腹が空いているのかな。怒っているのかな。喜んでいるのかな。私のことを嫌っているか警戒しているのかな。などです。これらの思考を私達は人間に対しても行いますが、犬や猫の目を気にすることがないのは、犬や猫の気持ちは我々人類にとっては重要度が低いのかもしれません。もちろん、自分の飼い犬や飼い猫がお腹をすかせていたり、どこかを痛そうに庇っていたりなど、生命に関わる場合は重大なことだと捉えて、ご飯を与えたり、動物病院に連れて行ったりするでしょうが、生命に関わらない感情の重用度は低いのでしょう。
ではなぜ、私達は犬や猫に嫌われるよりも、見知らぬ人間に嫌われることを過度に恐れてしまうのでしょうか。それを知るためには、その先でどんなことが起こるのかを想像しなくてはなりません。
- かまってもらえずに寂しい気持ちになる
- 極度に嫌われた場合は噛み傷やひっかき傷などの外傷を負う可能性
〈見知らぬ人間に嫌われた場合〉
- 嘲笑われる可能性
- 侮辱や嫌悪の言葉、例えば「キモ。」「バカじゃないの。」といった言葉を投げられる可能性
といった具合ではないでしょうか。
ただし、基本的に動物には精神的、肉体的に本当にひどいことをしない限り、相手にされないことはあっても嫌われることはないでしょう。
さて、この2つのパターンを見て、あなたにとってはどちらの方が辛いでしょうか?これは人によると思います。要するに、その人が何を恐れているかによって脅威が変わってくるのです。僕のように人からの評価が、あたかも人生を左右するかのような錯覚に襲われる瞬間がある人間もいれば、それとは正反対に、他人からの評価が全く気にならずに、自分の思うままに生きている人もいるのでしょう。後者のタイプは僕の体感で、少数ですが確実にいます。そのタイプの人にこの項の内容は何も利益をもたらさないでしょうが、僕のような他者の目を気にしてしまう人種に向けて、改善策を書いていきます。
先程もさらっと書きましたが、自分の人生の重要人物以外は動物としてみるという方法を提案します。ただ、エナジーバンパイアと区別するために、のほほんとしているような羊や牛を思い浮かべてください。エナジーバンパイアは畑を荒らす狐や狸、猪などの害獣として、それ以外の深く関わりのない人はただの動物として区別するといいかもしれません。
さて、想像してみてください。あなたは今100匹以上の羊の群れに囲まれています。羊に元々嫌悪感を抱いている人は、うさぎや猫を思い浮かべてください。緊張しますか?僕の場合は緊張や不安よりも、むしろ癒しを感じます。それはなぜかと考えてみると、動物には言語がなく何を考えているのかはわかりませんが、きっと人間のように複雑な思考はしていないはずです。お腹がすいたや、背中がかゆいなど、人類に比べれば単純な思考をしているのではないかと思います。少なくとも、人間のように「嘘」はないはずです。
それを踏まえた上で、なぜ他の動物よりも人間の感情や思考を我々は優先するのか。同族だからと言ってしまえばそれで片付きますが、今回はもう少し掘っていきます。
まず考えられるのが実際に起こる影響の違いです。動物がどう考えようと人にはさほど影響はありません。先程も書いた通り、命に関わる問題は別ですが。
しかし、人同士の関係でも命に関わる問題は滅多に起こりません。それでもどうして私たちは人との関係に緊張や不安を感じるのでしょうか。そこには、言葉という概念が大きく関係してくると思います。
私たちは言葉1つで喜んだり、傷ついたりします。1つの言葉が苦しい時に勇気づけてくれることもあれば、逆に1つの言葉がその人にとって一生残る傷になることもあります。他の動物は言葉を持ちません。いいえ、人類の言語ほど複雑な情報をやりとりできる言語を持ちません。動物と過ごす時間は、物理的に傷つく可能性はいくらかありますが、精神的に傷つく可能性は、人間と過ごす時間よりも少ないと言えるでしょう。精神的な痛みは時として、肉体的な痛みを超えることがあります。我々は、人間と過ごすとき、言葉という武器によって精神を傷つけられることを恐れて、緊張や不安を感じるのかもしれません。そういう意味で我々は、同種である人間の思考や感情が、他の生物のそれよりも重要だと感じるのでしょう。
原因はこれだけではないとは思いますが、今回はこれを結論とします。
それでも腹が立つ!エナジー以外にも時間やお金を吸い取るバンパイアからは離れるのが一番!
そうは言っても腹は立ちますし、精神的な防御壁を築いたとしても、物理的なエナジーを吸い取られ続ける状況はかわりません。彼等は私達の精神を蝕むと同時に、時間やお金、物や人など、物理的な方面からも搾取を続けます。この記事のこれまでの内容で、精神的な疲弊は少し改善されたかもしれませんが、それでも現実世界で何か状況が変わったわけではありません。バンパイア達はよっぽどのことがない限りこれから人間性が変換することはないでしょう。ですから僕は、自分の精神を守る方法をお伝えしたうえで再び、最後に言わせていただきたいと思います。エナジーバンパイアからは一刻も早く距離を置きましょう。なかなか難しいとは思いますが、やはりこれが一番効果的です。僕のように職場にバンパイアがいるという方は転職をおすすめします。僕も今回転職を決めました。働きながら新たな仕事を探すというのはなかなかに大変な作業ですが、それだけの価値があると思います。僕が転職にあたって利用したサービスやその時考えたことなどは、また別の記事で書けたらと思います。
また、人を動物と捉えて、相手からの感情や思考をブロックするというアプローチは、人との交流で生まれる感情の上下の波を小さくするアプローチとも言えます。喜怒哀楽を無くすことは、時として虚無感を生んでしまうことがあります。そのため、関わる人全員にこのアプローチを使用すると、とても虚しい毎日になってしまうかもしれません。ですから、動物として捉えるのは一部のバンパイアや自分にとってあまり重要でない人に限定して、自分の大切な人とは人として気持ちを通わせることが大切です。そのためには、自分の周囲の人間関係を構築、厳選して、暖かい雰囲気で満たす必要があります。そういった人間関係についてもまた別の記事で書けたらと思います。
最後に、この記事を読んでくれたあなが、少しでも笑顔のある明日を生きられますように。同じ星の住人として、それぞれの道を進んでいきましょう。ご覧いただき、ありがとうございました。













