辻村深月みたいな小説家になりたい!「真夜中サロン」~夜とテントときつねと~

この記事にはどんなことが書いているの?

 ブログ主の最寄然太もよりねんたが自分で書いた小説の一部をアップしています。

 

 

真夜中サロン

夜とテントときつねと

 


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 翔吾は夜露に濡れる芝生に座った。おしりがひんやりと冷たく、生ぬるい風が身体を通り抜けていく。寝転んで見上げた空には歪な形の明るい月とまばらに散る星々の間を薄暗く不気味な雲が進んでいる。

 午前0時過ぎの公園に翔吾は1人佇んでいた。照明がかすかに灯る広い公園にいる人は翔吾の他には誰もいなかった。

 『こんなとき、隣に誰かいてくれたらなぁ。』

翔吾は学生時代の友達の顔をいくつか思い浮かべた。それは暇さえあればくっちゃべっていた数人の部活の仲間だった。今は皆、大学に行ったり就職したりして、顔を合わせることはめっきり減った。中には遠方に引っ越した者もいたから会えないのは尚更だった。

 翔吾はこの時間が好きだった。誰もが寝静まった夜の世界でぼーっとするのが妙に心地いい。しかし、心の底では、その夜の世界でまだ起きている仲間との出会いを求めていたりもした。同時に、できたこともない空想上の恋人の顔や、これからあるかもしれない運命的な出会いに思いを馳せては虚しくなった。それはともあれ、だれか友達は来ないだろうか、知らない人でも同じ夜の同士として友になれないだろうか。

 今日もさみしくなった翔吾は、スマートフォンを取り出しお気に入りのラジオ番組の聴き逃しを再生した。スピーカーから、いつもの優しい声が聞こえてきた。毎週日曜日が終わる30分前から始まるその深夜ラジオは、眠れないリスナーが誰にも言えない内に秘めた思いを打ち明ける場だ。週替りで交代する男女のパーソナリティー、今週は女性の透き通った柔らかな声がイヤホンから耳を伝って聞こえてくる。

 そんなふうに真夜中の公園でまどろんでいるうちに翔吾は眠くなった。しばらくは持ちこたえていた瞼の筋肉も限界を迎え、あろうことか、寝転んだ芝生の上でそのまま眠りについてしまった。

 

 寒気がして目が覚めた。どうやら自分は公園で眠ってしまったらしい。その事実が、翔吾はなぜか嬉しかった。なんとなくかっこいい気がしたのだ。優越感とでも言おうか。

 数時間は眠ったような気がしていたが、実際はほんの30分ほどだった。しかしその30分で夜露に濡れた芝生に翔吾の身体はすっかり冷やされてしまった。思わず自分を抱きかかえるようにうずくまり、着ているダウンに口元まで深く埋まる。

 ラジオパーソナリティーの声がどこからかほのかに聞こえて来る。

『そうだ。ラジオつけっぱなしだった。』

スマホを手に取った翔吾は少し困惑した。スマホの電源が切れている。恐らく充電が無くなったのだろう。

 ではこの音はなにか。よく耳を澄ませば、それは少し遠くの方からかすかに聞こえてきている。そして音の源には、小さなテントがあり、内から発せられるオレンジ色がぼんやりと輝いていた。

 翔吾はその光景を前にしばらく硬直した。こんな夜中に公園に人がいるということ、しかもテントを張っていることが驚きだった。まさかキャンプだろうか。はたまた家なき人が野営をしているのか。

 真夜中に突如として現れた小さなテントは、不気味ではあったが幻想的でもあった。テントの中からはラジオの音が微かに聞こえてきている。


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 翔吾は少なからずの恐怖を感じながらも、テントから20メートルほどというところまで近づいて様子を覗った。よく見るとテントの前に椅子が2つと自立式の看板のようなものが起立させられている。翔太が今いる場所からは何が書いてあるのか見えなかったので、少し迂回して看板の内容をそっと覗き込んだ。看板は小さな照明に照らされている。

 

【真夜中サロン】

 

 まず堂々と視界に飛び込んできたのは、ブラックボードに白いインクで書かれたその文字だった。もう少しよく見てみると他にも何か書いてある。

 

【個人的深夜の喫茶店 全メニュー無料】

 

 恐怖よりも興味を惹かれた。翔太は近くの木陰に座って様子覗うことにした。

 

 テントの中からほんのかすかに聞こえてくる音はラジオではあると思うが、内容までは聞き取れなかった。時折、オレンジ色の光と影が揺れることから、中に人がいることはわかる。

 

 しばらくぼーっとして木にもたれかかっていると、ゴソゴソと音が聞えた。見ると、テントの中にいた人物が外に出てきている。2つある椅子の片方に座り、カップをすすっている。ため息をついたその人物の顔は狐だった。いや、狐の仮面をつけていた。

 

 翔太は少々びっくりして、どこかに逃げ出したい気持ちになったが、テントからそうは離れていないため、少しの物音でも気づかれてしまうかもしれない。だから今動くわけにもいかなかった。

 

 狐の仮面をつけたその人物が、カップをローテーブルにおいて、代わりになにやら一冊の本を手に取り読み始めた。誰もいない真夜中にオレンジ色のほんのりと明るいテントの横で、湯気立つコーヒーを片手に読書。その光景は翔太がしばしば頭の中で抱いていた理想と似たものがあった。

 『真夜中サロン』

 

 

 

 スマホ画面の時計はすでに午前1時を表示していた。翔太が声をかけようかかけまいかと葛藤していると、ふと仮面の人物が声を発した。

 

「そうだよなぁ〜。こないよなぁ〜。」

 

それは屋外で発するにはやや大きな声ではあったが、どうやら独り言らしい。翔太は一人きりの真夜中の、人目から開放されたような気分を知っているから、それが独り言であるとわかった。そして、それは声変わりをとっくに終えた若い男性の声だった。

 

 しばらく間が開いたあと、仮面の人物は「もう3週間かぁ。頑張ったと思うよぅ?俺。」と行って少しうつむいた。そして不意に立ち上がりテントの中に戻って行った。

テントの中からはなにやら「真夜中サロン」撤収の雰囲気が感じられたので、翔太は思い切って声をかけてみた。

 

 「こんばんわ…。」

 

瞬間、テントの中が静かになり、直ぐにテントののれんのような状態のドアがめくれた。中からオレンジ色の光が溢れてきた。黒いシルエットとなった仮面の男性が口を開いた。

 

「あ」

 

驚いたようにそう言ってから、永遠にも思われる沈黙が流れた。

 

「いらっしゃい。」

 

男性の胸元にはネームプレートのようなものがついていて、そこには「店員 きつね」と書かれている。男性は翔太に中へ入るように促した。

 

 テントの中は外から見るより、いくつも広かった。ぶら下げられたランタンに照らし出されたテントの中は、椅子、机、いくつもの魔法瓶が置かれていた。入ってすぐのところには本が数冊置かれていた。

 

『夜行』

 

本のタイトルと表紙絵が今の翔太の心境にマッチし、翔太は不思議な興奮と肌寒さに襲われた。

 

 店員きつねに促された椅子に座り、そんなふうに周囲を見回していると、目の前のローテーブルに紙コップに入った湯気立つコーヒーが置かれた。香ばしいいい匂いがする。

 

「コーヒーで大丈夫だった?」

 

答えようとしたとき、店員が慌てるように重ねた。

 

「ごめん。先に聞いておくべきだったね。」

 

「いえ、コーヒーは大好きなので、ありがたいです。」

 

「そう。よかった。ゆっくりしてってね。」


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翔太はコップに口をつけてゆっくりとコーヒーをすすった。夜の冷えた空気に冷やされた身体に滲みて、普段飲むコーヒーよりも何倍も美味しく感じられた。

 

「あのう…。」

 

店員の方から説明されるのを待っていたが、店員は当たり前のようにカウンターのように置かれた簡易テーブルの奥に座り本を読んでいるので、こちらから切り出すことにした。

 

 狐のお面がこちらを見た。

 

「ここは、どういう…。」

 

「あ、そうだよね。」

 

 店員きつねは丁寧に説明を始めた。

 

 『真夜中サロン』

 

真夜中になると開かれる喫茶店。彼が一人でやっている。列記とした喫茶店ではなく、彼が個人的に開いているに過ぎない。メニューはコーヒーの他にもいくつかの飲み物と、カップラーメンなどの即席食品、またはお菓子や菓子パンなどが置かれていた。どのメニューもキッチンを必要としないものであり、飲み物やお湯は魔法瓶に入れられていた。

 

真夜中サロンという名前は、森見登美彦の小説「夜行」に登場する「岸田サロン」から取った。岸田道生という画家の自宅に夜な夜な様々な人が集まり各々の話を繰り広げる。

 

店員きつねはその世界観と、自分が求めているものがかさなり、このようなことをやろうと思った。

 

狐のお面をしているのは、なんとなくだそうだ。

 

「そして、最後に、実は君が初めてのお客さんなんだ。」

 

店員きつねはそう言って話しを締めくくった。

 

「そうなんですか。」

 

「始めてからもう3週間が経つ。しかしお客さんは誰一人としてこなかった。だからもうやめにしようと思っていたところだった。でも君が来てくれた。僕は今、たまらなく嬉しいんだ。」

 

小説やドラマの登場人物のような言葉選びをする人だけど、不思議と違和感はないな。翔太は内心そう思った。

 

「いえ。僕も嬉しいです。こんな真夜中にこんな場所にいるのは僕ぐらいでしたから。友達もいないですし。」 

 

 

 

 それから翔太と店員きつねは様々なことを話した。店員はこの店や夜のことについて話した。翔太は自分のことを話した。そしてまだまだ話しは尽きないという頃、店員きつねが立ち上がり翔太をぬっと見下ろして言った。

 

「今日は、閉店だぁ。」