マジシャンたっち単独クロースアップマジック講演!見てきました!

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 北海道を拠点に活動されているシンガーソングマジシャン「たっち」をご存知でしょうか?愛らしい笑顔がチャームポイントのとっても魅力的な男性パフォーマーです。

 そんなたっちさんが3月31日に小樽の「キッチンぐるぐる」さんにて開催された単独クロースアップマジック講演、これを目の前で目撃してとっても感動したのでその詳細をお伝えしたいと思います。

 

扉を開けてオレンジ色と音楽と、マジシャンの登場

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 南小樽駅で下車して僕はしばらく夜の小樽を歩きました。やはり小樽という街には海が近いこともあるのか特有の魅力があります。

 程なくして辿り着いたのは「キッチンぐるぐる」です。ここが今夜のマジックショーの会場なのでした。

 扉をそっと開けると一面の景色が落ち着いたオレンジ色に染まりました。店内は決して広くはありませんでしたが、小さな空間にもうすでに10名ほどが座っていて、各々が会話に花を咲かせていました。そんな中、一人でやってきていた僕は少し心細くなりながらも、こんなときの常套手段「スマホ」を手に取り、amazonほしい物リストを整理するというたいして必要のない作業に花を咲かせていました。

 そんな時間も過ぎ去り過ぎ去り、とうとう開演の時間がやってまいりました。

 司会の男性の声がけで登場したのはジャケットに身を包んだかっこいい「マジシャンたっち」でした。

 

驚きだけではない、感動と癒やしのマジック

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 僕は以前に一度だけたっちさんのマジックを見たことがあります。そのときは昼間に野外ステージで大勢を前にして、という感じでした。会場には屋台が立ち並び、白色に輝く太陽が観客の笑顔を照らします。ですから、マジックも明るくポップな楽しくなるようなものでした。

 しかし今回は状況が全く違います。完全予約制で、落ち着いた照明とキャンドルに照らされたこじんまりとした店内で、入れる人数は限られています。観客は黒い布で覆われたテーブルの向こう側にいるマジシャンを中心に輪を作ります。

 そんな中で行われたマジックには、時間を忘れさせてくれるような、まるで夢の中に居るような、そんな癒しや感動があったのでした。

 

観客参加のユーモア溢れ楽しい空間

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 テレビ番組で観客も参加したり協力するマジックを見たことはないでしょうか?それがこのマジックライブではほとんどのマジックにありました。自分の目の前で繰り広げられる魔法やくすっと笑えるユーモアに観客は大感激でした。

 実際、僕もいくつかのマジックに参加させていただきました。その中でも特に衝撃的だったのが、輪っかのマジックです。僕の掌に乗せられた輪っか。その上ではたっちさんが用意した靴紐の両端を持ち、僕の手の上でぶらさげています。たっちさんの号令を合図に僕がその輪っかを10cmほど宙に放り投げると、その輪っかはたっちさんの持つ靴紐にぶつかりました。しかし次の瞬間、おかしなことが起こります。なんと、僕の放った輪っかはその靴紐を貫通し、そのまま僕の手に帰ってくることはなく、宙吊りになってしまいました…。

 決して派手なマジックではありませんでしたが、「え?ど、どゆこと?笑」と思わず言ってしまうような現実感があやふやになってしまうような不思議な感覚でした。

 

ラストに詰め込まれた2つの長尺のマジック!夢の中にいるような不思議な感覚

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 時間はあっという間に過ぎ、ライブは徐々にクライマックスに向かいます。たっちさんがチラッと時計を見て言いました。

 「僕のマジックも残り3つになりました。」

 僕は寂しくなりつつも、まだ3つ残っていることに嬉しくなりました。

 正確なことは忘れてしまいましたが(汗)、3つのうち1つ目は、たしか、予言と音符のマジックだったと思います。これは昨年たっちさんが「ハナタレナックス」というチームナックスさんの番組に出演した際、大泉洋さんに直々に教えたマジックをグレードアップさせたもののようです。

 そして2つ目ですが、すみませんこちらも記憶が曖昧なのですが(汗)、たしか、世界旅行のマジックだったと思います。

 この世界旅行のマジックから場の雰囲気が一変します。

「想像してみてください。」

とたっちさんはいいます。観客はたっちさんが話進めていくストーリーに自分を重ねながら耳を傾けます。そういう想像と共に目の前ではマジックが展開されていき、ストーリーが終わりをむかえるとき、マジックも一番の見せ場を終えたわけです。

 そしてライブ最後のマジック。これはもう圧巻でした。幻想的な世界観とテクニックが観客を非日常的な高揚感へと導きます。

 

終わったあと、世界が前よりも美しいものに思えた

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 時刻が20時を回り僕は会場を後にしました。空は晴れ渡り空気はひんやりと肌寒く感じます。駅を向かうために踏切を渡る必要がありました。僕は電車が通り過ぎるのを赤いランプと警告音を浴びながら待ち、そして駅についた僕は缶コーヒーを買い、夜の海が見える車窓に揺られ帰路につきました。

 最近の僕は、果てしなく続くアルバイト生活に心が荒んでいっているのを自覚していました。この問題を一体どうしたらよいのか、それが最近の悩みでした。

 しかし、このライブに参加した日の夜はそんな心のもやもやから開放されたような、そんな気がしたのと同時に、いつもとは違った視点から物事を捉えらえられている自分がいることにも気づきました。

 もしあなたが果てしなく続く忙しい毎日に疲弊しているのなら、今回のようないつもとはちょっと違う世界へと足を運んで見るだけで、なにか変化があるかもしれません。もしかするとそれすらも、ある意味1つのマジックなのかもしれませんね。

 

 あなたも、たっちさんがまたこのようなマジックライブをすることがあったら、一度ご覧になってみてはいかがでしょうか?

 

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辻村深月みたいな小説家になりたい!「真夜中サロン」~夜とテントときつねと~

この記事にはどんなことが書いているの?

 ブログ主の最寄然太もよりねんたが自分で書いた小説の一部をアップしています。

 

 

真夜中サロン

夜とテントときつねと

 


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 翔吾は夜露に濡れる芝生に座った。おしりがひんやりと冷たく、生ぬるい風が身体を通り抜けていく。寝転んで見上げた空には歪な形の明るい月とまばらに散る星々の間を薄暗く不気味な雲が進んでいる。

 午前0時過ぎの公園に翔吾は1人佇んでいた。照明がかすかに灯る広い公園にいる人は翔吾の他には誰もいなかった。

 『こんなとき、隣に誰かいてくれたらなぁ。』

翔吾は学生時代の友達の顔をいくつか思い浮かべた。それは暇さえあればくっちゃべっていた数人の部活の仲間だった。今は皆、大学に行ったり就職したりして、顔を合わせることはめっきり減った。中には遠方に引っ越した者もいたから会えないのは尚更だった。

 翔吾はこの時間が好きだった。誰もが寝静まった夜の世界でぼーっとするのが妙に心地いい。しかし、心の底では、その夜の世界でまだ起きている仲間との出会いを求めていたりもした。同時に、できたこともない空想上の恋人の顔や、これからあるかもしれない運命的な出会いに思いを馳せては虚しくなった。それはともあれ、だれか友達は来ないだろうか、知らない人でも同じ夜の同士として友になれないだろうか。

 今日もさみしくなった翔吾は、スマートフォンを取り出しお気に入りのラジオ番組の聴き逃しを再生した。スピーカーから、いつもの優しい声が聞こえてきた。毎週日曜日が終わる30分前から始まるその深夜ラジオは、眠れないリスナーが誰にも言えない内に秘めた思いを打ち明ける場だ。週替りで交代する男女のパーソナリティー、今週は女性の透き通った柔らかな声がイヤホンから耳を伝って聞こえてくる。

 そんなふうに真夜中の公園でまどろんでいるうちに翔吾は眠くなった。しばらくは持ちこたえていた瞼の筋肉も限界を迎え、あろうことか、寝転んだ芝生の上でそのまま眠りについてしまった。

 

 寒気がして目が覚めた。どうやら自分は公園で眠ってしまったらしい。その事実が、翔吾はなぜか嬉しかった。なんとなくかっこいい気がしたのだ。優越感とでも言おうか。

 数時間は眠ったような気がしていたが、実際はほんの30分ほどだった。しかしその30分で夜露に濡れた芝生に翔吾の身体はすっかり冷やされてしまった。思わず自分を抱きかかえるようにうずくまり、着ているダウンに口元まで深く埋まる。

 ラジオパーソナリティーの声がどこからかほのかに聞こえて来る。

『そうだ。ラジオつけっぱなしだった。』

スマホを手に取った翔吾は少し困惑した。スマホの電源が切れている。恐らく充電が無くなったのだろう。

 ではこの音はなにか。よく耳を澄ませば、それは少し遠くの方からかすかに聞こえてきている。そして音の源には、小さなテントがあり、内から発せられるオレンジ色がぼんやりと輝いていた。

 翔吾はその光景を前にしばらく硬直した。こんな夜中に公園に人がいるということ、しかもテントを張っていることが驚きだった。まさかキャンプだろうか。はたまた家なき人が野営をしているのか。

 真夜中に突如として現れた小さなテントは、不気味ではあったが幻想的でもあった。テントの中からはラジオの音が微かに聞こえてきている。


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 翔吾は少なからずの恐怖を感じながらも、テントから20メートルほどというところまで近づいて様子を覗った。よく見るとテントの前に椅子が2つと自立式の看板のようなものが起立させられている。翔太が今いる場所からは何が書いてあるのか見えなかったので、少し迂回して看板の内容をそっと覗き込んだ。看板は小さな照明に照らされている。

 

【真夜中サロン】

 

 まず堂々と視界に飛び込んできたのは、ブラックボードに白いインクで書かれたその文字だった。もう少しよく見てみると他にも何か書いてある。

 

【個人的深夜の喫茶店 全メニュー無料】

 

 恐怖よりも興味を惹かれた。翔太は近くの木陰に座って様子覗うことにした。

 

 テントの中からほんのかすかに聞こえてくる音はラジオではあると思うが、内容までは聞き取れなかった。時折、オレンジ色の光と影が揺れることから、中に人がいることはわかる。

 

 しばらくぼーっとして木にもたれかかっていると、ゴソゴソと音が聞えた。見ると、テントの中にいた人物が外に出てきている。2つある椅子の片方に座り、カップをすすっている。ため息をついたその人物の顔は狐だった。いや、狐の仮面をつけていた。

 

 翔太は少々びっくりして、どこかに逃げ出したい気持ちになったが、テントからそうは離れていないため、少しの物音でも気づかれてしまうかもしれない。だから今動くわけにもいかなかった。

 

 狐の仮面をつけたその人物が、カップをローテーブルにおいて、代わりになにやら一冊の本を手に取り読み始めた。誰もいない真夜中にオレンジ色のほんのりと明るいテントの横で、湯気立つコーヒーを片手に読書。その光景は翔太がしばしば頭の中で抱いていた理想と似たものがあった。

 『真夜中サロン』

 

 

 

 スマホ画面の時計はすでに午前1時を表示していた。翔太が声をかけようかかけまいかと葛藤していると、ふと仮面の人物が声を発した。

 

「そうだよなぁ〜。こないよなぁ〜。」

 

それは屋外で発するにはやや大きな声ではあったが、どうやら独り言らしい。翔太は一人きりの真夜中の、人目から開放されたような気分を知っているから、それが独り言であるとわかった。そして、それは声変わりをとっくに終えた若い男性の声だった。

 

 しばらく間が開いたあと、仮面の人物は「もう3週間かぁ。頑張ったと思うよぅ?俺。」と行って少しうつむいた。そして不意に立ち上がりテントの中に戻って行った。

テントの中からはなにやら「真夜中サロン」撤収の雰囲気が感じられたので、翔太は思い切って声をかけてみた。

 

 「こんばんわ…。」

 

瞬間、テントの中が静かになり、直ぐにテントののれんのような状態のドアがめくれた。中からオレンジ色の光が溢れてきた。黒いシルエットとなった仮面の男性が口を開いた。

 

「あ」

 

驚いたようにそう言ってから、永遠にも思われる沈黙が流れた。

 

「いらっしゃい。」

 

男性の胸元にはネームプレートのようなものがついていて、そこには「店員 きつね」と書かれている。男性は翔太に中へ入るように促した。

 

 テントの中は外から見るより、いくつも広かった。ぶら下げられたランタンに照らし出されたテントの中は、椅子、机、いくつもの魔法瓶が置かれていた。入ってすぐのところには本が数冊置かれていた。

 

『夜行』

 

本のタイトルと表紙絵が今の翔太の心境にマッチし、翔太は不思議な興奮と肌寒さに襲われた。

 

 店員きつねに促された椅子に座り、そんなふうに周囲を見回していると、目の前のローテーブルに紙コップに入った湯気立つコーヒーが置かれた。香ばしいいい匂いがする。

 

「コーヒーで大丈夫だった?」

 

答えようとしたとき、店員が慌てるように重ねた。

 

「ごめん。先に聞いておくべきだったね。」

 

「いえ、コーヒーは大好きなので、ありがたいです。」

 

「そう。よかった。ゆっくりしてってね。」


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翔太はコップに口をつけてゆっくりとコーヒーをすすった。夜の冷えた空気に冷やされた身体に滲みて、普段飲むコーヒーよりも何倍も美味しく感じられた。

 

「あのう…。」

 

店員の方から説明されるのを待っていたが、店員は当たり前のようにカウンターのように置かれた簡易テーブルの奥に座り本を読んでいるので、こちらから切り出すことにした。

 

 狐のお面がこちらを見た。

 

「ここは、どういう…。」

 

「あ、そうだよね。」

 

 店員きつねは丁寧に説明を始めた。

 

 『真夜中サロン』

 

真夜中になると開かれる喫茶店。彼が一人でやっている。列記とした喫茶店ではなく、彼が個人的に開いているに過ぎない。メニューはコーヒーの他にもいくつかの飲み物と、カップラーメンなどの即席食品、またはお菓子や菓子パンなどが置かれていた。どのメニューもキッチンを必要としないものであり、飲み物やお湯は魔法瓶に入れられていた。

 

真夜中サロンという名前は、森見登美彦の小説「夜行」に登場する「岸田サロン」から取った。岸田道生という画家の自宅に夜な夜な様々な人が集まり各々の話を繰り広げる。

 

店員きつねはその世界観と、自分が求めているものがかさなり、このようなことをやろうと思った。

 

狐のお面をしているのは、なんとなくだそうだ。

 

「そして、最後に、実は君が初めてのお客さんなんだ。」

 

店員きつねはそう言って話しを締めくくった。

 

「そうなんですか。」

 

「始めてからもう3週間が経つ。しかしお客さんは誰一人としてこなかった。だからもうやめにしようと思っていたところだった。でも君が来てくれた。僕は今、たまらなく嬉しいんだ。」

 

小説やドラマの登場人物のような言葉選びをする人だけど、不思議と違和感はないな。翔太は内心そう思った。

 

「いえ。僕も嬉しいです。こんな真夜中にこんな場所にいるのは僕ぐらいでしたから。友達もいないですし。」 

 

 

 

 それから翔太と店員きつねは様々なことを話した。店員はこの店や夜のことについて話した。翔太は自分のことを話した。そしてまだまだ話しは尽きないという頃、店員きつねが立ち上がり翔太をぬっと見下ろして言った。

 

「今日は、閉店だぁ。」

小説書いてみる!「真夜中サロン」 真夜中を覆うさざ波

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ノローグ


 真夜中の街は静まり返っていた。ここに住む人間が、皆眠りについていることが空気でわかる。織部紗弥華は1人彷徨い、住宅街に極まばらに散らばる窓の明かりをぼんやりと眺めて、まだ起きているであろうその部屋に住む住人に、勝手に共感や仲間意識を抱いたりしていた。

 彼女の心はまさにその夜のように暗かったが、夜が街明かりで照らされるようにいくらかは明るい。

 紗弥加は玄関の戸を開けて部屋を出た。真夜中を1人歩くという初めての経験に、家を出る前の鬱々とした気分は、雲が晴れたようにすっきりとしてきている。その日から、真夜中に街を徘徊するのが彼女の密かな趣味となった。

 

真夜中を覆うさざ波の音


 大学を卒業しチェーンの飲食店に就職してまだ半年も経たない。最近、彼女の心は疲弊してきていた。世の中を見れば、自分よりも辛い思いをしている人は沢山いる。自分は家族が死んだわけでも、友達が死んだわけでもない。はたまた障害や病気を抱えているわけでもない。どちらかといえば、自分は恵まれている方だと、紗弥華はふと考えることがある。しかしそれは、その直前に浮かんだ絶望や寂しさを打ち消す消火剤とはならず、暗い色の炎がめらめらと静かに消えることなく、未だに燃え続けている。

 

そのことは、彼女自身理解している。自分は辛い。なぜか。

 

 今夜も彼女は街を歩いた。そして近所の公園にたどり着いた。グランドが広くて芝生も遊具もある、中学校がすぐ近くにある、そんなことがその公園の売りという感じがする。

 

深夜1時を周って、流石に誰もいない。砂を踏む自分の足音が妙に響いて、ああ、夜だなぁと思った。

 

 公園の前の道路の反対側はマンションの裏手に面している。4階建ての横長の新築だ。いくつかの窓から明かりが溢れている。まだ自分以外に起きている人がいることを紗弥華はどうということもなく、ぼんやりと考えた。真夜中というのは、普段は気にもとめないようなことが、妙な魅力を持つことがある。

 

 芝生に腰を下ろした。芝生に座るという行為はかなり久しぶりで、少しわくわくした。紗弥加はついそのまま体を倒し、両手を枕代わりにして芝生に寝そべった。目前に広がる夜空には、星が街の灯りに遮られて薄くきらめいている。そんな景色をぬるぬると流れるグレーの雲が横切る。その雲たちには、なぜか迫力があった。月の前を横切る瞬間、もくもくとした雲の輪郭が月に照らされる。紗弥加はその光景を美しいと感じると同時に、どこか怖くも感じた。

 

 その夜は紗弥華以外には誰一人として気配すら感じない日曜日の夜だった。

 

 次の日は朝から仕事だった。昨晩な夜ふかしのおかげで今日を睡魔と共に過ごすことになってしまったものの、紗弥加の心はいつもより、いくらか軽かった。

 

 定時で職場をあとにした紗弥加は帰り道、「今日は部屋の掃除でもしてみようかしらん。」と思い、帰宅してすぐに取り掛かった。紗弥加の部屋は決して広くはなかったが、無駄なものを溜め込む性格ではなかったので、室内はすっきりとしている。とはいえ、就職してからは仕事にかまけて掃除をおろそかにしていたので、よく見ればゴミやホコリが目につくようになっていた。

 手始めに掃除機をかけていると、テレビの後ろに四角いものが落ちているのが見えた。手にとって見てみるとそれは、それは紗弥華が中学生のときに工作の授業で作った防災用のラジオだった。緑と白色のプラスチック製で、後ろに可愛らしいアンテナがついている。

 

 「久しぶりだね、FMちゃん。」

中学生のとき、紗弥加はラジオが好きで学校から帰るとすぐにスイッチを入れた。勉強や宿題をしているとき、お小遣いで買ったポテトチップスを親や兄妹に見つからないようにこっそり食べているときも、机の上の隅ではいつも小さな赤いランプを灯した小さなラジオが心地よい音色や声色を発していた。当時は家の決まりで11時までに寝なくてはならなかったが、深夜ラジオを聞きたいがために布団の中で小遣いで買ったイヤホンから聞いたこともあった。

 懐かしい過去を思い出しながら彼女は電池を入れてスイッチを押した。すると、正面の小さなランプが赤く光り、スピーカーからザーっという砂嵐が聞こえてきた。

 

 紗弥華はしばらくの間ダイヤルに触らずに、その音にただぼーっと耳を傾けていた。外はもうすでに暗く、部屋は小さなオレンジ色の豆電球とストーブの赤い光照らされている。

 その砂嵐は彼女には、波の音に聞こえた。海面が揺れ、小さな波が次々と真夜中の砂浜に打ち上げられては消える。誰もいない、暗く静かな海に彼女は思いを馳せた。そしてそのまま、静かな深い眠りへと沈んでいった。

 

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